鉄路探訪 第2回「地域密着輸送に徹する大手私鉄・相模鉄道」(その1)横浜−星川
このサイトについて 「筆者」への連絡
地域密着輸送に徹する大手私鉄
その1 横浜−星川 取材日:2009年10月8日/2010年10月14日
2010年10月30日初版公開
 横浜駅は神奈川県の中心地にあるターミナルということは、誰もが知るところだと思う。JRは東海道線と京浜東北・根岸線、そして横須賀線が乗り入れ、私鉄では東急東横線に京浜急行本線、横浜市営地下鉄に加えて、21世紀に入り横浜高速鉄道みなとみらい線が開通、ますます県民にとって重要性が増す駅になっている。
 また、我が国に初めて鉄道が開通した際の終着駅の名を冠しているが、その歴史を辿ると当時の「横浜」とは現在の桜木町駅であるが、「横浜」の名を冠していたことは間違いない。そして、その横浜も、現在では3代目の駅となり、つい先日のみなとみらい線の開通によって、長らく高架上にあった東横線は一転して地下に潜り、大きく変貌を遂げた。そして、今なお改良工事が続いているが、この工事は筆者が高校生の時には既に始まっていた。それから、ずいぶんと長い年月をかけているが、それでもまだ完成を見ていないというのは驚きだ。誰かが「サグラダファミリア」などと言ったらしいが、もっともなネーミングかもしれない。
 そんな変化の激しい横浜駅の中で、ここ10数年ほど大きく変化をしていないのが相鉄線だ。相鉄の横浜駅は駅ビルの2階に取り込まれるようにあり、4面3線で構成されたホームはすべて屋根が・・・いや、ビルの中にホームがあるのだからあたりまえなのだろうが・・・あり、雨の日もぬれずに乗降できる。だが、何となく薄暗い感じは否めないが、ホームの壁には沿線の企業広告が、蛍光灯に照らされながらホームの照明の役割もかねているところが、なんとも私鉄のターミナル駅らしい雰囲気を出している。
 相鉄線は現在では大手私鉄15社に数えられるが、かつては準大手私鉄の雄だった。また、関東にある大手私鉄では唯一、東京都内に路線をもたず、神奈川県内にのみ完結するという特徴もある。
 そうした環境にあるためなのか、車両や設備面でも他の私鉄とは一線を画するところがある。車両でいえば採用例の少ない直角カルダン駆動であり、その走行音といえば独特のものがある。また、台車も直角カルダンの駆動方式による制約から、伝統的に外側ディスクブレーキを採用。接客設備でいえば、いち早く冷房化100%を達成、電動油圧式の窓や個別スイッチのついた扇風機と、実に個性的だった。しかし、こうした流れもコスト削減という波に呑まれたのか、JR東日本のE231系と共通設計(ほ
とんどE231系そのものかもしれない)10000系の登場で終焉を迎えてしまい残念な気がする。
瀬谷駅に向かって緩やかな坂を駆け上る7000系
▲相鉄車両の特徴を色濃く残す7000系電車。しかし、老朽化と新型車両の投入により、その数を少しずつではあるが減らしつつある。(2010年10月14日 瀬谷駅)
 10月の半ば頃、そんな相鉄線を乗りに出かけた。
横浜駅みなみ西口改札
みなみ西口の1階改札口。常に多くの人が行き交い賑やかだ。
横浜駅ジョイナス連絡改札
「相鉄ジョイナス」2階に直結する改札口。ショッピング袋を下げた利用者が多い。

 横浜駅の改札は二か所あり、一つは「西口五番街」と称される繁華街に近い、横浜駅でも西端に位置するところにある。ここは、平沼橋へと続く「パルナード」という商店街に最も近く、多くの人で昼夜を問わずごった返している。筆者も、就職してから横浜周辺に勤めることが多く、ここは何度も通った場所だ。時が流れても、ここの混雑ぶりは健在だった。今では年に数回訪れればいい場所になってしまったせいか、この混雑をかき分けて目的の場所に進むのに少々苦労してしまったのが、少々情けなくも感じる。この場所はかつて「相鉄口」と呼ばれていたが、みなとみらい線の開通によって「みなみ西口」という名称に変わってしまっていた。
 そして、もう一つの改札口は、同じ相鉄ホールディングスの傘下にある「相鉄ジョイナス」という駅ビルの二階にある。ここは1階の改札口とは対照的に、人通りはそれほどでもなかった。列車が到着すれば混雑するが、それ以外はほどほどといったところ。ショッピングに向かうか、そこから帰るかといった雰囲気の女性が多くように感じる。
 筆者が相鉄線を利用したのは・・・10年以上前の話になってしまった。社用で厚木にある事務所に出張する際に横浜から海老名まで利用したが、その時は仕事の途中の一休みということもあって、列車の揺れを子守歌にうたた寝をしていた。いま考えれば、なんともったいない!ことをしたものだ。その頃は、普通鋼製の6000系も現役だったのに、あまり関心がなく・・・というより精神的に余裕もなかったせいもあって、記録などとっていなかった。何度思い返してももったいない!
 そんな思いを抱えながら、ホームに立った。横浜駅のホームは4面3線の構成で、1番ホームが各駅停車専用、3番と4番ホームが快速と急行専用、2番と5番ホームが降車専用と分けられている。今回は1番ホームに立ったのだが、そこにいたのは銀色のステンレスボディーを輝かせた10000系で、少々・・・いや、かなり残念でならなかった。とはいえ、こうなったら私鉄版E231系を乗るのも一興と乗り込んでみると、ひんやりとした空気が体を包み込み心地よくしてくれる。
 
 横浜駅の少々薄暗いホームを出ると、さほど加速することなく下り坂を抜けて、平沼橋駅に到着する。横浜と平沼橋の駅間はわずかに900m。ホームに立つと横浜駅を出てくる電車が遠くに見えるほど近い。平沼橋駅の横浜方には、駅名の由来となった帷子川に架かる「元平沼橋」がある。
平沼橋駅ホームを横浜方に望む
平沼橋駅ホームを横浜方に望む。ホームには架線の支柱が建っているが、ビームはJR線にもかかり共用していることが分かる。ホームから相鉄下り線、横須賀線上り本線、同下り本線と続く。
 西横浜まではJR東海道本線と並走し、横須賀線と併せて複々々線のような様相を呈している。よく見ると、電車線を支える架線柱がJRと共用されているものがあて、しかもその支柱は平沼橋駅のホームに立っている。そして、線路を支えるバラスト(砕石)の境目もあまりはっきりしてなく、JRと一体的のようにも感じる。実際、細かいところまではわからないが、相鉄の前身である神中鉄道が、横浜から延伸してきたのではなく、厚木から横浜に向かって線路を延ばしてきたことを物語っている。そして、念願の横浜延伸を、当時の鉄道省の線路を借りて延伸した名残なのだろうか。
 元はこういった施設の保守・管理を仕事にしてきたので、非常に興味をそそるところであるが、保守を担当する部署同士、何らかのやりとりはあるのだろう。
 西横浜駅も1面2線の構造で、山側の留置線には日中の運用がない車両が昼寝をしている。かつてはここに留置線はなく、星川駅にあったものが高架工事に伴ってここに移ってきたものだ。
 次の天王町までは右カーブを駆け上がっていく。天王町駅は高架駅で、対向式2面2線だ。これといって特徴のない駅で、ホームにも数えるぐらいの利用客しかなく、ホームの長さとのアンバランスさが大都市近郊の駅という雰囲気を十分に伝えている。が、この駅は、朝晩は近隣のビジネスパークなどの利用客で混雑すると聞くから侮れない。学生時代にアルバイトでこの駅を利用していた頃とは違うようだ。
 星川駅は保土ヶ谷区の中心となる駅だ。駅の近くには保土ヶ谷区役所もる。
 この星川駅は島式2面4線の緩急接続ができる構造で、実際に湘南台行きの快速と各停の接続が行われている。しかし、現在は高架改良工事のまっただ中。工事に伴う線路の付け替えなどで、複雑な配線がなされている。それでも、快速と各停の緩急接続を行う機能は維持されている。もっとも、ホームの構造物は簡易な仮設のものになっていた。
 だが、星川駅を観察していると、かつての留置線があった面影がわずかに残っていた。それは、駅構内がとにかく広い。平坦な土地に広い構内、そして必要以上と思える広いホームで、快速列車との緩急接続はどことなく古い構造物で私鉄駅での要衝だった雰囲気があると感じるからだ。やがて、高架工事が完成した頃には、そんな懐かしい雰囲気が漂っていたことなど忘れ去られてしまうのだろう。設備がよくなるのはいいことだが、それとともに古くから受け継がれてきた雰囲気が失われているのは寂しい気もする。
広告
P R
(C)2004-2014 Norichika Watanabe Allright Reserved.