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気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道
その3(祇園−馬来田) 取材日:2012年1月5日
2012年6月30日初版公開
 久留里線最初の停車駅である祇園駅は、単式ホーム1面の構造を持つ駅だ。ホーム幅は広くなく、ちょうど中央付近に道路とつなぐように小さな駅舎があるだけだ。このあたりは上総亀山方に向かって右側には住宅地が広がっているが、統計資料を見る限り乗車人員は300人強に過ぎない小さな無人駅である。この小さな駅で、筆者が乗っていた車両から1名が下車していった。
 久留里線は2009年に東京近郊区間に指定されたが、久留里線の各駅にはICカード乗車券である「Suica」の簡易改札機が設置されてなく、従来と同じく切符を購入しなければならない。祇園駅には自動券売機も設置されてなく、代わりに乗車駅証明書発行装置が備え付けられていて、それを提示して車内で車掌から乗車券を購入するしくみになっていた。この方法はかつての国鉄時代からあるもので、そのために久留里線の全列車に車掌が乗車している。
 祇園駅を発車しても、車窓の景色はあまり変わらない。右側には住宅地、左側には農地が広がっている。やがて、左側には川が線路に近づいてきて、この先つかず離れずというふうに川が並走していく。小櫃川と呼ばれる二級河川で、流路延長88kmは千葉県内で2番目に長いという。そして、一度小櫃川が離れると、再び大きな道路をアンダーパスしていく。国道410号線と東京湾アクアラインが並走し、かつ一般道からアクアラインへの入路となっているために、比較的長めのアンダーパスとなる。
▲冬季の休耕中になっている田畑の向こうには、君津の袖ヶ浦発電所の煙突が見える。久留里線は木更津市、袖ヶ浦市、君津市に跨っているが、袖ヶ浦市に所在するのは横田駅と東横田駅の2駅に留まる。
▲小櫃川は久留里線とつかず離れずといった具合に並行して流れる二級河川で、同じ川を3回にわたって渡河するのは鉄道路線としては珍しい。
 ここから先は住宅地から農地に変化し、茶色に染まった冬の田畑の中を、列車が突き抜けているという感覚になる。線形は比較的よく、直線がほとんどなのだが、閉塞方式と列車の在線状況の把握の方法のためか、久留里線は最高速度が65km/hに抑えられている。久留里線の閉塞方式は、現在では非常に珍しくなったタブレット閉塞方式(通票閉塞方式)(※1)で、横田駅と久留里駅でタブレットの交換を行う。即ち、木更津駅−横田駅で1閉塞が構成され、同様に横田駅−久留里駅、久留里駅−上総亀山駅でそれぞれ閉塞区間が設定されている。そして、在線状況の把握には通常の軌道回路にによるものではなく、GPSによって列車の在線把握が行われているというものであった。そのためなのか、運行する車両の性能のためなのか、とにかく最高運転速度が65km/hとのんびりしたものである。
 上総清川駅に到着する。旧国名を冠する駅はJR線では比較的多く、筆者も武蔵○○駅など馴染みのある駅もあるが、上総と呼ばれる地域が木更津市周辺だということはあまり知らなかった。上総清川駅も無人駅で、単式ホーム1面1線という構造は祇園駅と変わらない。ここから3名が乗車してきたが、それ以外はホームに人の姿はなく、駅の前を通る道路にも自動車が走る姿はみられなかった。
 国道とアクアラインのアンダーパスを越えると、右側の車窓はがらりと変わって小高い丘が間近に迫ってくる。このあたりを「菅生」というらしく、丘には菅生神社があるという。筆者もかつて同じ地名の場所に住んでいたことがあり、やはりそこにも同名の神社があった。海を隔てた反対側に、こうした場所があることに驚いた。そして、小櫃川が再び線路に寄ってきて、小高い丘と川に挟まれた狭い場所を通り抜けると、この先はほとんどが田園風景になってしまう。宅地が疎らになったところで東清川駅に着く。
 東清川駅は、元々は仮乗降場として設置され、後に昇格して誕生した駅なのだが、この駅の利用はほとんど皆無に近いようだ。統計資料を見る限り、一日の乗車人員は僅かに86人しかいない。その利用実態に合わせるかのように、駅のホームと小さな待合室が設置されている程度だ。駅も田園地帯の真ん中にあるような立地で、なるほど乗車人員86人/日という数字も肯けるのだが、この日は2名が乗車してきた。
 右側の車窓には遠くに山が離れて見えるが、徐々に房総山地に入っていることを窺わせる。そして左手の窓からは赤と白に塗られた柱状の構造物に、幾つものワイヤーが柱を支えるように張り巡らされているものが見えた。確か、このような構造物を筆者はよく見かけるのだが…と考えてみたものの、現地では自信をもった答えが出せなかった。後日調べてみると、この構造物はニッポン放送の木更津送信所で、ラジオの送信アンテナだったのだ。久留里線の線路からはかなり離れた位置にあるのだろうが、周囲には高層の建築物は皆無で田畑が広がるだけだからよく見えたのだろう。
 農業地帯を通り抜け、今度は館山自動車道をアンダーパスして程なく、久留里線の線路と並走してきた小櫃川がこのあたりで流れを変えているようで、久留里線は小櫃川を渡河していく。川を渡ったところで、沿線の光景が一変するかと思えばそうではなく、左手の農地は変わらず続いている。一方、右側の光景は再び住宅中心になった。すると、乗務員室からけたたましい電磁ベルの音が鳴り響いてきたかとおもうと、リズムのある電鈴の音が聞こえてくる。もちろん、目覚まし時計やドアチャイムの音ではなく、ATSが動作した音なのだが、これは次の横田駅の場内に列車が進入した証でもある。その賑やかな音を客室にも響かせながら、列車は横田駅のホームに滑り込んだ。

▲久留里線では数少ない有人駅の一つである横田駅。駅舎は小さな木造平屋建てで、改札口には自動改札機や簡易IC改札装置もない。横田駅は閉塞の境界駅でもあり、通票閉塞式の久留里線では、写真のように今ではなかなか見られないタブレットを交換する光景が見られたが、2012年のダイヤ改正で閉塞方式が自動閉塞式になり、見納めになってしまった。
 横田駅は久留里線の駅の中で数少ない有人駅である。先にも述べたが、ここでタブレットの交換を実施しているので、運転取扱をする駅員が配置されているためである。当然、駅の構造も相対式2面2線の上下列車の交換が可能な設備をもつ。この日も今や貴重となった駅員と運転士がタブレットを授受する光景を撮影しようと、カメラを持った何人かの趣味者がドアが開くやいなや、駅員の間近に駆け寄って撮影をしていた。気持ちは分からない訳ではないが、やはりタブレットの交換は安全運転を目的とした運転取扱業務なので、元々鉄道員であった筆者から見ると、こうした趣味者の行動はあまり関心しないものがあり、できれば、望遠で撮影するなどの配慮があってもと思う。
 無事にタブレット交換が済むと、列車は再びエンジンを唸らせ発車する。
 このあたりまでくると、まとまった住宅地は少なくなり、農地の中に幾つかの集落が見えるという、典型的な農業主体の地域である。そして久留里線は、横田駅から次の東横田駅まで直線で結ばれていて、並走する国道409号線の方が線路から一度遠ざかり、東横田駅で再び線路に近づいてくるといった具合だ。
 東横田駅に列車が到着すると、ここで高校生が3人下車していった。それまで僅かに賑やかだった車内が、彼らの下車でめっきりと静かになってしまった。久留里線沿線には何校かの高等学校があり、これらの高校の生徒もまた、久留里線にとって貴重な利用客である。筆者が訪れた1月5日はまだ冬休み真っ只中なので、高校生の乗客の姿は疎らだったが、学校が始まれば多くの高校生で賑わっているのかも知れない。
 列車は東横田駅を出ると、すぐに右にカーブを描いてそれまで東進していたのが、僅かに進路を南に向けていく。このカーブで、それまでつかず離れずといった具合で並走していた国道409号線とも別れ、代わって県道が並走するが道路を走る車の姿はなかった。
 農地の中を走り抜けていく列車は、いくぶん速度を上げているようで、運転士の背中越しに速度計を覗き見ると、針は60km/hを指し示していた。やはりそれほど速い速度では走っていないようだが、それまでに比べたら速く走っているように感じるから、人間の感覚なんて当てにならない。
 再び住宅が多くなってくると、列車は速度を落として馬来田駅に停車する。

※1:2012年3月のダイヤ改正で久留里線はタブレット(通票)閉塞方式を廃止し、軌道回路検知式特殊自動閉塞方式に変更されている。
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