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新たな進化を遂げつつある二つの古都を結ぶ鉄道
その2(京都−稲荷) 取材日:2012年9月1日
2013年8月20日初版公開
 奈良線が発着する京都駅のホームは新幹線寄り、すなわち海側に相対式1面、島式1面の3線構造だ。非電化時代は相対式1面1線しか備えていなかったことが、資料とした書物に掲載された写真からもわかる。非電化時代は、現在のように列車も頻繁に発着しないローカル線であるが故に、これだけの設備で十分だったのだろう。それまでは留置線が敷かれていたようだが、それらを撤去して新たにホームを新設した格好だ。
 筆者が奈良線が発着する8〜10番線ホームに出ると、うぐいす色の塗装を身に纏った103系電車が発車を待っていた。筆者が住む首都圏では、このような路線別カラーの塗装をした普通鋼製電車が姿を消し、代わりに軽量ステンレス車体のギラギラに光る電車が主流なので、ほんとうに久しぶりにこうした車両にお目にかかった。
 かつては路線ごとに文字通り色々な車両が走っていたものだが、今ではどこをみても同じようなステンレス車体で、せいぜい申し訳程度に粘着シートの帯色が従来の塗装を継承している。車内に入れば無機質なライトグレーのFRP板の内装に、座席も製造コストを抑えたとわかるほどの堅さと相まって、実用主義とは聞こえがいいが旅情も何もない、何ら魅力を感じない。恐ろしいことに、JR東日本が開発したE231系の設計思想はそのまま在京私鉄各社にまで浸透し、座席や窓などといった形状や部品も共通仕様には閉口させられた。ちょっと前まではJRも私鉄も、自社や使用する路線に合わせた車両を設計・製作していたもので、それなりにオリジナリティーのあるものだったし、鉄道を利用して旅を楽しめるような接客設備、中距離列車でいえばボックスシートも多くあったのが、近年は低コスト化を柱にした標準車両というコンセプトが大勢を占め、JRも私鉄も問わずに同じ車両が、しかも通勤形のロングシートが主流とは残念で仕方がない。そうした中にあって、同じ通勤形ロングシートでも古くからある国鉄形103系電車は懐かしくも、貴重な存在だと思う。
▲1963年の製造開始からすでに50年が経過した103系電車が、今も奈良線の「主力」として活躍を続けている。現存する車両は後期に製造されたものがほとんどで、時代に見合った改装と延命工事を施されているものの、車齢30年以上がほとんどである。このような旧国鉄から引き継いだ車両を使い続けなければならないJR西日本の台所事情と、会社の方針が窺い知ることができる。
 もちろん、JR西日本も製作から30年以上も経った古い車両を、何も好きこのんで使っているわけではない。関西圏以外に大きな収入を得る基盤となる地域がなく、山陽新幹線ですらドル箱ともいえない経営環境を考えると、JR東日本のように短期間で新車に代替ができるような台所事情ではないが故に、国鉄から引き継いだ普通鋼製の車両を手直しして使い続けなければならない「お家事情」が、21世紀に入って10年以上が経った今日でも103系電車を生き存えさせている理由のようだ。もっとも、趣味者からすればこれほど有り難いものはないのだが。
 そんな久しぶりに見る国鉄形車両103系電車と、駅の様子を観察しようと京都駅9番線ホームをふらふらと歩いていると、瞬く間に汗が噴き出てきてしまった。なるほど、確かに夏の京都は暑いというが、まさかこれほどまでに暑いとは思いもしなかった。ナップザックに入れておいた500mL入りのイオン飲料など、半日もせずに飲み干してしまいそうな勢いだ。京都は盆地という地形の性質上、風通しが悪い上にいくら景観配慮で昔の町並みが残っていても、それは人の手が入ったものなので、東京ほどではないにせよヒータアイランド現象も加わっているのだろう。当日の京都気象台の観測記録を見ると、最高気温は36.6℃にもなって湿度も69%だから、蒸し暑いことこの上ない。
 奈良線の列車が発着する8〜10番線ホームのうち、非電化時代は現在の10番線(当時は8番線)ホームだけで、東海道本線の列車線が発着する7番線ホームまでの間は4本の留置線があった。その10番線ホームも、東海道新幹線の高架ホーム下に設置されていて、ここからキハ30系やキハ45系などで組成された気動車列車が発着していたようだ。当時の奈良線自体ものんびりとしたローカル線色が濃く、列車の本数そのものもフリークエントダイヤが組まれてなく少ないばかりか、快速列車のような速達列車の運転もなかったために、相対式1面1線という最小限の設備でもの足りたらしい。しかし、電化と共に沿線のベッドタウン化が進むにつれて利用者数が増加の一途を辿ると、さすがに列車の運転本数も増えていき、増発された列車を捌くには1面1線ではたりなくなったため、この留置線を3本撤去して新たに8・9番線ホームを増設したようだ。そのため、ホーム上屋は東海道本線のホームのように歴史を感じる木造のものではなく、鉄骨を組んだ近代的なものだった。
 奈良行きの普通列車が発車すると、ホームには静寂が訪れるどころか、次の列車を待つ人たちで混雑したままだった。平日の9時過ぎで通勤通学のラッシュ時間帯は過ぎつつあるとはいえ、沿線のベッドタウン化も進んでいることと、京都に並ぶことであり観光地である奈良を結ぶ路線のためか、次発のみやこ路快速に乗車することを目的にした人たちの姿があった。
 先発となる103系電車4両編成の奈良行き普通列車が発車するのと入れ替わりに、白いボディーの221系電車6両編成の奈良行き快速列車が9番線ホームに滑り込んでくる。奈良線の快速列車は「みやこ路快速」の愛称がつけられていて、途中駅での緩急接続もあり京都−奈良間の速達性を向上させている。そして、快速列車には転換式クロスシートを備えた221系電車を限定運用することで、競合する近鉄京都線との激しい乗客獲得競争に挑んでいるとも言える。もっとも、近鉄京都線は料金が必要な特急列車であり、車両も特急専用の接客設備を備えたもので、一方のJRは東海道・山陽線の新快速で使われていた車両を転用したものなので、単純に両者を比較することは難しいだろう。とはいえ、近鉄京都線は全線が複線であり、都市間輸送を主眼に高頻度運転を行っているのに対して、奈良線は一部区間のみが複線で、あとは単線となってることやフリークエントダイヤを組んでいるとはいえ、その線路形状などからくる制約がある故に1時間あたりの列車本数は近鉄京都線に敵うはずもなく、利便性や所要時間などでは近鉄側に軍配が上がってしまう。
 奈良行きの快速列車に乗ると、車内の座席はほぼ満席の状態だった。観光客らしき人の姿もあったが、ほとんどが沿線に住んでいるか勤め先があるであろう、地元の人々のようだった。冷房が効いた車内は、汗だくになった体を心地よく冷やしてくれて、やがて汗もひいていくのを感じる。

▲奈良線稲荷駅付近の空中写真。上は広域写真で下は稲荷駅を中心にした拡大写真。いずれも昭和63年の撮影だが、すでにこの頃でも宅地化が目立っている。京都駅からほぼ南に向かって進む奈良線は、琵琶湖疎水(写真中央を上下真っ直ぐに伸びる河川)と京都と山科を隔てる東山の麓に挟まれたわずかな平地を走っている。
 京都駅を定刻より1分遅れで発車すると、すぐに車掌が定刻を遅れたことへのお詫びを含めた車内放送を、天井のスピーカーを通して流されてくる。221系電車は民営化後にJR西日本が製作した車両なので、放送の声は明瞭に聞こえてくる。いくつかの分岐器を通過して左右に動揺しながら、2本の府道をアンダーパスすると京都駅場内から本線へと入り、列車は鴨川の手前で右にカーブ、僅かに並走していた東海道本線と別れて南に進路を向ける。この東海道本線と分岐するあたりは古都・京都のイメージとはかけ離れ、アパートなどの集合住宅に加えて比較的大きな工場もあって、どちらかというと内陸部の大都市という印象を受ける。
 京都駅から次の東福寺駅までは複線鴨川を渡河すると、左手に京阪電気鉄道の線路が現れ、合流するとすぐに東福寺駅に到着する。ここで、京都から乗ってきた乗客のほとんどが下車していき、車内は着席もできるほど人だけになってしまった。
 東福寺駅は相対式2面2線の構造をもつ典型的な複線の中間駅で、隣接して京阪電気鉄道の京阪本線のホームもあるのだが、ホーム自体は壁で仕切られているので乗り換えには、一度JRの改札を出てから改めて京阪の改札を通らねばならない。ここで降りていった乗客のほとんどは、京阪への乗り換えなのだろう。京阪本線は奈良線と離合を繰り返しながらもほぼ並走しているが、駅間は奈良線が短くて1.5km以上あって長めなのに対して京阪本線は比較的短く、かつ奈良線よりも市街地の中を通っている関係もあり、地元の人々の利便性からいえば京阪本線の方がよいのだろう。その分、奈良線はといえば市街地から外れたところを走るので、どちらかといえば都市間輸送の方が主になるのだが、それでも近鉄京都線もありなかなか苦戦しているようだ。
 ところで、奈良線と京阪本線はまったくのライバルかといえば、実はそうのようでもなかったようだ。当時の国鉄が奈良線に東福寺駅を設置したのは1957年と比較的新しい。歴史の長さからいえば京阪本線の方が古いのだが、国鉄の駅が設置された当初は駅業務も京阪に委託していて、この当時は国鉄の乗車券類も京阪が販売していたようだ。現在はJR西日本の子会社であるジェイアール西日本交通サービスに業務委託され、駅管理そのものは宇治駅の被管理駅となっている。
 東福寺駅を発車すると、列車はすぐに府道143号線をアンダーパスして南へと進んでいく。この辺りは線路がほぼ直線で延びているので、速度もそれなりに出している。東福寺駅では進行方向左手を進んでいた京阪本線が奈良線をオーバーパスして右側を進み、一度奈良線から離れたかと思うと再び寄り添ってきて鳥羽街道駅が見えてくる。奈良線は京阪の鳥羽街道駅を見下ろす格好になっているので、奈良線の線路そのものは築堤上を進んでいることがわかる。そして再び京阪本線は奈良線から離れていき、代わって鴨川の支川である琵琶湖疎水が奈良線に沿って流れているのが見える。左手には京都市街と山科を隔てる山の裾野に近づくと、伏見稲荷の最寄りでもある稲荷駅を通過していく。
 
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