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新たな進化を遂げつつある二つの古都を結ぶ鉄道
その3(稲荷−六地蔵) 取材日:2012年8月6日
2013年9月14日初版公開
 稲荷駅はその名の通り、伏見稲荷大社への最寄り駅である。伏見稲荷大社といえば、千本鳥居が有名で京都を舞台にした二時間ドラマでは、必ずといっていいほどこの千本鳥居が登場するからご存じの方も多いだろう。今回の旅では残念ながら訪れる余裕がなかったが、いつかは行ってみたいところの一つだ。
 みやこ路快速は通常、この稲荷駅は通過するので今回は降り立っていないが、正月などでは多くの参拝客の便を図って臨時に停車するようである。みやこ路快速はあっという間に稲荷駅を通過していったが、相対式2面2線の構造をもつ典型的な中間駅で、駅舎の柱は伏見稲荷大社の最寄りであることから、柱は朱色に塗られている。そして、この駅には日本で最古のランプ小屋が現存し、準鉄道記念物に指定されている。
 このランプ小屋とはいったい何か。現代の鉄道ではそのような施設は必要ないが、黎明期の鉄道にとっては蒸気機関車に水を補給する給水塔や、方向転換をする転車台などと並んで、必要不可欠の施設だったようだ。ランプ小屋は現代のように照明が電気ではなかった時代に、客車や駅などの鉄道車両や施設の照明は灯油ランプ(別名、カンテラ)が使われていたため、その燃料となる灯油を貯蔵していた所謂「危険品庫」で、主要駅には設置されていた。灯油、すなわち危険品を貯蔵する施設なので、木造ではなく堅牢な煉瓦でできたいた。このランプ小屋で予め灯油を入れて準備しておいたランプを、夕方から日暮れにかけて、係員が客車の屋根に昇っては一両一両、一つ一つを丁寧に屋根から客車の車内に吊したそうだ。街の明かりも現代ほどなかった時代、夜になれば手元も見えないほど暗闇が支配するのだから、乗客にとっては大切で有り難い明かりに違いなかっただろう。
▲六地蔵駅に近づいてくる奈良行き普通列車の103系電車。稲荷山の麓に沿って線路は南に進路を変えてくるのがこの写真のカーブからもわかる。麓よりもわずかに高いところに線路があるため、六地蔵駅近くになると築堤上を進む。
 稲荷駅を通過すると、列車は緩やかな左カーブを進みながら、進行方向をやや東に変えていく。京都と山科を隔てる稲荷山の麓に沿って進む形になり、市街地からは離れたところを奈良線が通っているのが車窓からもわかる。そして、名神高速道路をアンダーパスするところで再び南に向きを変える頃には、住宅地の中にちらほらと畑をはじめとして農業用地の姿も見え始める。やがて築堤から下り勾配を降りると、そのまま掘り割りの中を列車は進んで行く。
 次の駅であるJR藤森駅のあっという間に通過していった。掘り割りの中にある相対式2面2線の駅で、奈良線の駅の中では1997年開業と新しい。ホームも駅舎も現代的なコンクリートの建築物なので、とりたてて特徴というのが見あたらない。代わりに駅名が大きな特徴だろう。数あるJRの駅の中で「JR」と冠するところは、そう多くはないと思う。奈良線の駅にはJR小倉駅があるが、こちらの方が2001年に開業しているので、JR藤森駅よりもさらに新しいが、明治期に開業した駅もあるので奈良線の駅としては新しい部類に入る。この駅名だが、「JR」と冠しているのには京阪本線に藤森駅があり、しかもその距離は直線にして1km弱も離れていて、京阪の藤森駅が阪神高速道路沿いの市街地にあるのに対し、JR藤森駅は伏見桃山城跡のある稲荷山の麓に位置している。同じ駅名でも似ても似つかない場所にあるがために、誤って乗ってしまうととんでもないことになるということで、わざわざ「JR」を冠したようだ。ならば、場所もまったく違うので藤森駅ではなく、別の名称にすればよいものだろうにと考えるのは筆者だけだろうか。とはいえ、駅名の由来が京阪の駅とちょうど中間に位置する藤森神社から採られたようで、そうなると地名ではないとなると仕方がないのかも知れない。駅の近くには京都教育大学があり、休みでなければ学生たちで賑わっているのかも知れない。
▲六地蔵駅の駅本屋(駅舎)。駅は1面2線の高架駅で、駅前にはバスターミナルのようなものはなく、平日の日中ということもあって静かだった。。反対側には古層マンションが建ち、奈良線沿線の住宅開発が盛んであることを物語っている。

 列車は速度を落とすことなく西南方向へと進んでいく。左手には相変わらず稲荷山の姿が見えているが、不意に線路近くに伸びる森林が見えてくる。その森林は小高い小さな丘に続いているが、これは丘ではなく桓武天皇陵とされる円墳で、柏原陵(かしわばらのみささぎ)と呼ばれるものだ。それもあっという間に見えなくなり、左へ大きくカーブすると東へと向きを変えて桃山駅を通過する。
 桃山駅は単式1面、島式1面3線を擁する駅で、京都駅から続いてきた複線区間もこの桃山駅で終わる。上下列車の交換も可能な構造だが、この日乗ったみやこ路快速は桃山駅での交換はなく通過となった。もっとも、ここで単線区間に入るために分岐器を通過しなければならないので、桃山駅場内に近づくと減速し、35km/hの速度制限がかかっているのでゆっくりとした通過になった。
 桃山駅を通過して単線区間に入ると、左側に山裾が迫ってくる。伏見桃山城のある桃山古城山と呼ばれる山で、奈良線の線路はその山肌に敷かれているので若干高いところを走っていく。右側の窓には桃山の街が一望でき、その向こうには宇治川が流れているのが住宅越しにちらりと見える。桃山古城山の裾に沿って進んで行くが、この途中には明治天皇が埋葬されている伏見桃山陵がある。もちろん、列車の窓からは森林に覆われているので見ることができないが、先ほど通過した桃山駅からは参道も備えられている。
 桃山古城山から離れる頃になると、右カーブで築堤上を進んで行く。そして、宇治川の支流である山科川の小さな橋梁を渡る頃には、再び住宅が多く建ち並び、大規模の商業施設や駐車場などが左側に見えてくると、それまでの景色とは一変して市街地に入ったことが分かる。そして、列車は速度を落として六地蔵駅に到着する。
 
 
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