このサイトについて 「筆者」への連絡
新たな進化を遂げつつある二つの古都を結ぶ鉄道
その4(六地蔵−木幡) 取材日:2012年8月6日
2013年10月13日初版公開
 六地蔵駅では乗車していた半数の人が下車し、代わりにほぼ同じ人数の人が乗車した。筆者はここで下車することにし、人の波に乗ってホームに降り立った。すると、盆地特有のムッとするような暑さと、纏わり付くような湿り気を帯びた空気が体を包み、それまで冷房の効いた快適さから一変したので、瞬く間に体中から汗が噴き出してきた。すぐに水分を摂ろうと、京都駅で購入したペットボトルのイオン水を口に含みながら、ここまで乗ってきた221系電車のみやこ路快速を見送った。
 ところでみやこ路快速の車内には、比較的多くの外国人観光客の姿を見かけた。観光客なら列車の運転頻度も多く、全線複線で特急列車も運転しているので所要時間も短い近鉄京都線の方が便利と思えるが、実際にはJRを選択する旅行客が多い。その理由は、外国人観光客向けに販売される特別企画乗車券の存在があるためだろう。「ジャパンレールパス」と呼ばれる特別企画乗車券は、日本を訪れる外国人観光客に限定して販売されるもので、新幹線を含むJR全線を乗り降り自由で利用できるもの。しかも新幹線については一部制限があるものの、これを含む特急列車の指定席が利用できる。これだけ利用できて、7日間用で28,300円とは非常に廉価かつ便利である。この特別企画乗車券の存在もあって、外国人観光客にしてみればわざわざ別料金を支払って近鉄京都線に乗る理由はないのだろう。JR西日本にとっても、これを利用して訪れる乗客を逃がす手はないと、みやこ路快速を日中1時間あたり2本運転しているから、自ずと第1選択になっているようだ。こんな廉価で便利な乗車券、日本人も購入できるかと思いたくもなるが、あくまでも外国人観光客に限定してのもので、外国人でも購入に際してはいくつかの条件がある。多少値段が上がっても、こんな便利な乗車券を日本人向けにも販売してほしいと考えるのは筆者だけではないだろう。ほかにもJR西日本独自の「WEST Japan Rail Pass」というものもあり、購入条件は同じ。ただし、こちらの方は関西エリアに限定し、しかも特急「はるか」以外の特急列車は利用できないが、2,000円という販売価格はまた破格で魅力があるというものだ。
▲六地蔵駅ホームを京都方に眺める。単線区間でありながら、少しでも列車の速達性を発揮するために「1線スルー構造」と呼ばれる配線を採用し、本線から駅構内への進入はほぼ直線構造となっている。写真でも京都方へ向かってほぼ直線となり、快速列車などの速達列車は分岐器を通過する際の速度制限の影響を受けない。
 六地蔵駅は京都市伏見区にあり、桃山駅から伏見桃山城の城山の山腹に線路が敷設されていた関係で、高低差をなくすためか築堤上にホームがある。といっても駅の構造としては高架駅となり、島式1面2線の上下列車が交換可能な配線になっている。駅の開業は1992年と奈良線の歴史からいえば比較的最近で、駅周辺の再開発により住宅が増え、住民の利便性向上と京阪宇治線の混雑緩和を目的に設置されたと思われる。さらに2004年には京都市営地下鉄東西線も駅を開業させているが、面白いのは同じ駅名でありながらそれぞれが離れた場所にあるということだろう。京阪宇治線の六地蔵駅は、奈良線の駅から南西方向に200m強離れたところにあり、しかも宇治川の対岸に位置している。徒歩での連絡も可能だが、住宅地を通り抜けて宇治川沿いに歩くために10分から15分程度かかってしまう。そのためなのか、奈良線の駅には京阪宇治線への乗り換え案内が見あたらなかった。京都市営地下鉄東西線の駅は、奈良線の駅から京都方150m北西にあるが、こちらの方は北口から府道7号線に出て西へと歩いて行けば駅の入り口があるので、比較的わかりやすく時間にして10分以内で連絡が可能だ。
 南口改札口を出てみると、ひっそりと静かな住宅街の中にあることに驚いた。前述のように北側には大型の商業施設も建ち並んでいて、駅周辺は人通りも多いのかと想像していたからだ。北口の商業施設周辺は人通りもあったが、駅周辺にあるこれらの商業施設以外は戸建ての低層住宅がほとんどで、閑静な住宅街の中にある駅というのが現実のようだ。列車が到着すると駅前には一時的に人の往来があったが、それも束の間のことで程なく人影もなくなってしまった。
 一通り駅周辺の観察を終えると、訪れた記念となる入場券を求めて、出札窓口に並んだ。先に一人の利用者が窓口で指定席券を買い求めていたが、要領を得ないのか、それとも希望する切符がみつからないのか、なかなか筆者の番まで回ってこなかった。ところが、もう一人の駅員が長い時間をかけているのを見かねて、順番を待って並んでいる筆者のところへやってきて用件を聞いてくれた。まさか入場券一枚がほしいといわれるとは思わなかっただろうが、その駅員は笑顔を絶やすことなく応対してくれて、しかも窓口の駅員の横からマルスの端末を操作して入場券を発券してくれた。駅員の気持ちのよい対応に、この先の旅が楽しみになったもので、JR西日本もようやく民間会社としての姿勢が根付きはじめたと思ったのだが、そんな思いもこの日の夕方に摂津富田駅で早くも打ち砕かれてしまったのだ。
 再び改札口を通りホームへと立つと、じりじりと焼かれるような暑い空気に、改めて盆地という地形の過酷な夏を思い知らされる。そうこうするうちに、普通列車の到着を知らせる放送がホームに響き、京都方にある稲荷山の麓にうぐいす色の103系電車が姿を現してきた。
 103系電車が六地蔵駅に到着すると、先ほど乗ってきたみやこ路快速と同様に30人近くの乗客が降りて、代わりにその半分ほどの人が列車に乗り込む。ホームには抵抗制御式特有の冷却ブロアーと冷房装置の作動音が響き渡った。さらに奈良駅へと向かうべく、筆者も奈良行き普通列車に乗り込んでドア付近に立つとドアが閉まろうとした。その時、恐らく冷房の効いた心地よさに居眠りをしていたのだろう、駅に到着したことに気付かなかった乗客の一人が慌てて列車から降りようと筆者の前を駆けていったが、その弾みでバッグから携帯電話を落としてしまった。それと同時にドアーが閉まり携帯電話を落とした乗客は慌てて列車に引き返そうとしたが既に間に合わず、携帯電話を拾うことができなかったのだ。さすがにそのまま見過ごすわけにも行かず、筆者も携帯電話を拾い上げると、閉まりかけたドアーにそれを持った手を突き出して、携帯電話をホームに放り投げたのだ。もちろん、そうしたことが列車の安全運行を妨げる行為であることや、怪我につながることは鉄道員であった筆者は十分に知っていたが、咄嗟のことだったので何とも申し訳ないことをしたものだと考えたのは列車が発車してからのことだった。
▲奈良線とほぼ並走する京阪電車。関西の私鉄のほとんどは軌間1,435mmの標準軌を採用しているのに対して、旧国鉄→JRは1,067mm軌間で高速走行では分が悪い。それに加えて奈良線は線形もあまりよくなく、単線区間が残るなど並走する私鉄各社には不利な条件が多い。

 ようやく列車は奈良へ向けて発車していき、六地蔵駅から先は単線区間へと入る。JR西日本の保有する103系電車は電装品はほぼオリジナルのままなので、直流モーターであるMT54形主電動機が関東に住む筆者にとって懐かしい音を唸らせながら加速していく。車窓の景色は夏の暑く強い日差しに照らされて、流れるように移り変わっていく。その様子から、列車は軽く80km/hから90km/hは出しているだろう。
 ところで六地蔵駅を発車してすぐに加速することに、少々違和感を覚えた。それというのも、前述の通り六地蔵駅から奈良方は単線区間になる。単線区間で列車交換のできる駅には、必ず分岐器が存在するので通過するためには速度制限がかかるはずだからだ。調べてみると、一線スルー構造という線路配置を採用していて、六地蔵駅で列車が到着した1番線は本線として直線になっている。一方2番線は副本線として機能しているが、この駅で列車の交換がない限りは下りも上りも1番線を使用しているという。こうした工夫が、奈良線の最高運転速度を110km/hに引き上げているが、単線区間のある路線でしかもそれほど線形もよくないことを考えると、110km/hは少々速すぎる気がしてならない。どうしても、信楽高原鐵道や福知山線の事故が頭から離れないのは、筆者がATSをはじめとした保安設備に関わる職種だったこともあるのかも知れない。余談だが、「事故から他人事ではなく自分のこととして学ぶ」ことはこの頃の経験が大いに影響しているのだろう。
 そんな100km/hに近い速さで走るので右にカーブを描きながら走ると、次の停車駅である木幡駅にはすぐに到着した。木幡駅も列車交換が可能な設備をもつ駅で、相対式2面2線の構造を有する。もともとは中線をもつ3線構造だったが、一線スルー構造にする際に中線を廃止している。ところが、中線を撤去しただけでほ分岐している副本線はそのままだったので、隣接する木幡踏切の踏切通過距離は長いままで、しかも周辺の道路が混雑し、なおかつ幅員が狭いなどの諸々の要因で自動車が踏切内に立ち往生することも多くあったため、かつて中線があったところに新たな副本線を敷設し、踏切の通過距離を短くする改良工事が行われている。現在ではそんな過去の様子を窺い知る手がかりとなるように、2番線ホームの後ろに線路があった跡地が残され、さらに2番線ホームの奈良方の先端は、かつてこのホームが島式であったことを物語るように端部が絞られている。
 
広告
P R
(C)2004-2014 Norichika Watanabe Allright Reserved.