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新たな進化を遂げつつある二つの古都を結ぶ鉄道
その6(宇治−新田) 取材日:2012年8月6日
2013年12月8日初版公開
 宇治駅はその名の通り、宇治駅を代表するできである。と書きたいところだが、奈良線とほぼ並走してきた京阪宇治線の終着駅も宇治駅を名乗っている。とはいえ、この両駅は宇治川を挟んで約900mも離れていて、徒歩での連絡は到底無理がある。そして、京阪宇治線の宇治駅は奈良線の宇治川橋梁にほぼ60度の角度で交差するようにして止まり、宇治川の河川敷ちかくの立地となっている。一方、奈良線の宇治駅は宇治市の市街地にあり、近隣には多くの商業施設や住宅が建ち並んでいるところからも、文字通りの中心駅ということができよう。若干距離はあるものの、宇治市の総合庁舎や京都府の出先機関などもある。
 
▲宇治駅前の様子。このあたりから少しずつ住宅も少なくなり始めるが、それでも京都都市圏であることには変わらず、利用者が多いことが窺える。

 宇治といえば宇治茶をイメージする方も多いだろう。筆者も宇治の名を聞くと、どうしても宇治茶を連想してしまう。だが、宇治駅周辺はかなりの市街地化が思考していて、茶畑など一つとして見あたらないのが現状だ。京都起点で14.9kmという距離は、やはり京都の通勤圏内にもなるので、ベッドタウンとしての開発が進んだのだろう。
 宇治駅も現在では島式2面4線の構造をもち、ここで上下列車の交換のみならず、快速列車と普通列車の緩急接続が行われる。もともとはこのような構造ではなかったようで、2000年に増加する旅客輸送に対応するために奈良線の一部複線化と併せて機能が強化されたようだ。そして、京都駅方面からの一部列車はここ宇治駅で折り返す普通列車も設定されているというから、恐らくは宇治駅が運転系統の一区切りになっているのだろう。
 筆者もここで降車することにした。駅は近代的な橋上駅で、およそ筆者の想像したものとは違っていた。しかし、駅舎のデザインは平等院鳳凰堂をモチーフにしたもので、このあたりに観光地の色が垣間見える。とはいえ、駅前には立派なロータリーが備えられ、ここから市内各所への路線バスが発着している様は、やはり近郊都市の中心駅の様相だ。ちなみに、平等院へはここから10分ほど徒歩で行ける範囲なので、最寄り駅ともいえるだろう。駅から徒歩で行くことができるというのは、手軽にいけるところだ。
 一通り駅近隣を観察し終えると、再び奈良へ向かって列車の旅を続けることにする。その前に、いつものごとく記念にマルス発券の入場券を買い求めたのだが、どうも駅員の対応が今ひとつだった。六地蔵駅では丁寧で、しかも臨機応変な対応に関心したものだが、宇治駅ではそうでもなかった。業務委託駅との違いなのだろうかと訝りもしたが、どちらもJR西日本の直営駅。はて、この対応の差は何なのだろうか。
 時計は10時半近くを指していたが、さすがにこの時間になると通勤ラッシュも一段落ついて、日中の静けさが漂うといったところだろうか。実際にホームにも人影はまばらで、数えられる位しかいないなかった。そこへ、うぐいす色の103系電車が到着し、ホームには冷房装置の発する唸るような音が響き渡った。本来ならこの普通列車ではなく、この後到着する快速列車で奈良に向かう予定でいたが、例によって予定を変更してこの普通列車に乗車した。

▲上:宇治駅で発車を待つ普通列車。ついこの間まで首都圏でも“当たり前”に走っていた103系電車も、延命工事を受けながら今なお多数が運用され続けている。しかし、車齢も高くなり徐々にその数を減らしつつある。 下:宇治駅3番線ホームから京都方を望む。快速列車との緩急接続駅でもあり、4番線ホームへと線路が直進である「1線スルー構造」であることがわかる。分岐器も4番線側が「定位」となっていて、3番線は複本線として扱われる。
 奈良行きの快速列車が到着すると、普通列車に乗っていた乗客のうち何人かはそちらに乗り換えていき、代わりに快速列車からほぼ同数の人がこちらに乗り換えてきた。典型的な緩急接続の光景だが、このように速達列車と普通列車の接続が行われてこそ、初めてその効果が発揮できると筆者は考える。
 それというのも、最近はやたらと速達列車を設定する傾向があるからだ。緩急接続の設備を持たない路線で、速達列車を設定したところで果たしてどれだけの効果があるのか疑問なのである。追い抜くこと、あるいは先行する普通列車と接続できることができて、初めてその価値があるというものだろう。例えば首都圏のJR南武線では、2011年のダイヤ改正から快速列車が設定された。しかし、南武線は快速列車と普通列車の緩急接続を行わず、単に途中の利用者が少ないと判断した駅を通過するのみで、快速列車が通過する駅を利用する方にとっては迷惑な話であろう。列車がきたと思えば通過していき、その次の列車の到着まで待たねばらならない、あるいは乗ったはいいけど普通列車が停車する駅に向かうとなれば、その快速列車に乗ったところで、結局後続の普通列車を待たねばならない、というのはあまりにもいただけない。
 そうした意味でも、奈良線の快速列車と普通列車が緩急接続している、という点にのみおいては一定の評価ができる。もっとも、無理なダイヤ設定や安全を軽視したことさえしていなければの話だが。
 話はそれたが、快速列車の発車を待って、普通列車も宇治駅を後にしていく。
 これまで列車は南ないし南東へと進んできたが、宇治駅からは南西方向に向かって進んでいくことになる。宇治からは再び複線区間となる。
 住宅が建ち並ぶ中を西に進んでいくと、やがて南に変針する左カーブにさしかかるが、ここで列車は減速してJR小倉駅に到着する。奈良線の駅で「JR」を冠する二つ目の駅だ。
 JR小倉駅は相対式2面2線だが、前述のカーブ上にホームがある。よくもこのようなカーブの上に駅があるものだと思ってみたら、駅の開業は2001年3月と奈良線の歴史からすればつい最近のことだ。沿線の景色を見てもわかるが、人口の増加とともに利用者が増加したことでの駅の設置だろう。そして、わざわざ駅名に「JR」を冠しているのは、JR藤森駅と同様に私鉄にも同じ名称の駅があるからで、しかも先に開業したのが近鉄京都線の小倉駅であり、後から開業した奈良線には「JR」と冠したのだという。もう一つ、字を見てもお分かりの方も多いかと思うが、「小倉駅」といえば九州・鹿児島本線の「こくら」の方が知名度が高い。しかし、ならせんは「おぐら」である。単に「小倉駅」としてしまえば、鹿児島本線の小倉駅なのか、それとも奈良線の小倉駅なのか判別がつかないから、わざわざJRを冠したという話だ。
 もっとも、そんなことは国鉄時代からある話で、例えば碓氷峠で有名な信越本線の横川(よかがわ)駅と山陽本線の横川(よこがわ)駅のように、同じ字を書く駅など例はある。マルスの発券する乗車券や入場券類には前者は「(信)横川駅」、後者は「(陽)横川駅」と表記されるのだからなかなか苦しい言い分かもしれない。私鉄駅との混同も、国鉄時代ならば私鉄である近鉄に「近鉄」を冠させていたかもしれないだろうが、いまやJRは民間会社。そのような道理は過去のもので、こうしてみると時代が変わったのだろうと思わされる。
 ちなみに、JR小倉駅は開業以来年々利用者は増加する一方で、2000年度の1日平均乗車人員が1000人であったのに対し、2011年度は1910人と順調に推移している。こうしたデータからも、駅周辺が住宅地となり京都のベッドタウンであることが窺える。
 列車は左カーブを曲がり終えると、ほぼ南に向かって進んでいく。ここからは住宅地の中ではあるがほぼ直線になっているので、線形の良さから列車も速度を上げていき、再びあの悪夢のような揺れが襲ってくる。そうかと思えばすぐに収まり、スピードが落ちたかと思えば次の新田駅に到着と、駅間距離がたったの1.8kmという短さを体感できるというものだろうか。
 新田駅も相対式2面2線の構造。宇治駅から続いた複線もここで再び単線となる。その構造のせいなのか、保線基地も駅構内に設置されていて、モーターカー(無車籍の保守用動力車)と数両のトロッコ(保守用貨車)が留置されていた。ここで1名が降車していき、代わりに1名が乗車。それでも車内はがらんと空席が目立っている。 
 
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