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「鉄路探訪記」はじめに 広告
 「鉄路探訪」・・・普段、何気なく利用している鉄道。それは、通勤通学で大量輸送に黙々と活躍続けるものもあれば、山奥や海岸の街を結ぶ利用者も少ない地方路線もある。そんな鉄道に筆者が実際に訪れ、その日常の姿を追い求めてみました。「日常の姿に少しでも迫ることができれば」という観点で書いています。紹介する鉄道路線の車窓からの眺めや、乗車しての楽しみ方、路線の未来像などにも触れてみたいと思います。
「鉄路探訪記」もくじ
【第1回】 東急電鉄池上線 〜都心を走る大手私鉄のローカル線〜
第1回・東急池上線 戸越銀座駅と五反田行き1000系電車  東京都心の象徴ともいえる山手線の駅を起点としながら、3両編成という小単位で地域輸送に活躍する東急池上線。沿線には昭和中期に建てられた古い建造物の駅が多くあり、かつてどこでも見られた大手私鉄支線の光景がそのまま残っている。行き交う車両もいよいよ新型への置き換えが始まり、一つの節目を迎えた「都心ローカル線」を追ってみた。

【第2回】 相模鉄道本線 〜地域密着輸送に徹する大手私鉄〜
 かつては準大手私鉄として、神奈川県内の地域輸送に黙々と従事してきた相模鉄道本線。支線であるいずみ野線の延伸などで大手私鉄となった今日も、県央地域と県都横浜を結ぶ県民の貴重な足であることは間違いない。JRや東急線との相互直通運転も計画され、大きな転換期を迎えつつある路線にスポットをあて、その姿にせまってみた。

【第3回】 京葉線 〜通勤通学輸送とリゾート路線の2つの顔をもつ鉄道〜
 もともとは貨物線として計画され、後に旅客線として開業した京葉線は、沿線に広大な住宅地と工業用地、そして国内でも有数のテーマパークを抱えるという他線にはない豊かな環境にあります。鉄路探訪記の第3回目は、千葉県民の通勤通学の重要な脚として、そしてテーマパークへのレジャー客輸送という二つの使命をもつ京葉線を訪れてみます。

【第4回】 京浜急行大師線 〜川崎大師への参詣客輸送を担う我が国初の標準軌鉄道〜
 川崎から初詣でも有名な川崎大師への参詣客輸送を目的に敷設された京浜急行大師線は、我が国最初の標準軌で開業しました。また、東日本で最初の電車による運行を開始した鉄道でもあります。そんな歴史のある大師線も、立体交差事業が始まりその姿を変えつつあります。第4回目は京急大師線を取り上げ、立体交差事業の進捗を踏まえながら、大師線の「今の姿」を追ってみます。

【第5回】 御殿場線 〜「天下の険」箱根の麓に沿って山越えをする古の東海道線〜
 日本に鉄道が開通以来、着実にその距離を延ばしてきた東海道線は、東京と大阪を結ぶために大きく立ちはだかる箱根を、如何にして越えていくかが大きな課題でした。当時の建築技術ではトンネルを掘ることは難しく、直接山を越えるとなるとあまりにも急峻過ぎてしまう。出した結論は、箱根の麓を大回りするというもの。それが現在の御殿場線です。今回は、かつては我が国有数の幹線鉄道として重要な役割をになった、御殿場線を訪ねました。

【第6回】 湘南モノレール江の島線 〜リゾート地湘南への短絡路・「懸垂式モノレール」のモデル路線〜〜
 湘南を走る鉄道といえば、「江ノ電」こと江ノ島電鉄が有名ですが、同じ江ノ島を沿線に抱える鉄道としては、大船駅からダイレクトに江ノ島へ至る湘南モノレール江ノ島線があります。路線延長僅か6.6kmという短さにもかかわらず、最大勾配74‰(パーミル)を抱える起伏に富んだ地形を貫くように走ります。元々湘南モノレールは「懸垂式モノレール」を拡販するための「モデル路線」として建設された経緯があり、このためにこれだけの勾配をも抱えているのです。今回は、この6.6kmに焦点をあてて、湘南モノレールの実態と魅力に迫ってみます。

【第7回】 札沼線(学園都市線) 〜かつての「赤字83線」から、都市圏輸送を担う電化路線へと進化する鉄道〜
 かつて国鉄が慢性的な赤字に苦しむ中、不採算路線を「赤字83線」として指定して廃止にすることで経営改善を図ろうとした取り組みがあり、その中に名を連ね、一部を廃止下という歴史を持つ札沼線。今日では、札幌都市圏輸送を担うなくてはならない路線となっています。その札沼線も、長らく非電化路線のまま気動車による列車が運転されてきましたが、輸送量の増加と速達性向上を目的に電化工事が始められ、いよいよ電車化が目前と迫ってきました。今回は、「遠征取材第1弾」として、電化路線へと進化する札沼線の現状を追ってみました。

【第8回】 久留里線 〜気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道〜
 首都圏に近い千葉房総半島には、その道路事情の悪さから鉄道が重要な役割を担っていました。住民生活の足としてはもちろん、房総の港で水揚げされた鮮魚類などの貨物輸送、さらには都心から近いリゾート地としての観光輸送など。それだけの役割を担いながらも、1960年代後半まで電化されず、気動車による運転が中心で「気動車王国」とまで言われていました。しかし房総半島の鉄道が次々と電化されていく中で、久留里線は非電化のまま残され現在に至っています。木原線(現いすみ鉄道)とつなげて房総半島を横断する鉄道としての計画もありましたが頓挫し、現在に至っています。全国でも貴重になった通勤形気動車キハ30形が最後の活躍をする久留里線を訪れてみます。

【第9回】 豊橋鉄道渥美線 〜激動の時代に翻弄されつつも現在に生きる地方鉄道〜
 大都市の大手私鉄で活躍した後に、地方私鉄で第二の人生を歩む鉄道車両の例は多くあります。とりわけ、ステンレス車体をもつ車両はその材質に由来する耐候性故に、製造から40年近くが経過してもその強度は劣化することも少なく、車体サイズなども地方地鉄にとっては使い勝手がよく、多くが現役でいます。今回は、その生い立ちこそ「戦争」という激動の時代に翻弄されながらも、戦後は経営努力によって沿線開発と利用客の確保に努め、懐かしい「あの車両」が活躍する豊橋鉄道渥美線を訪れ、現在の状況に迫ってみました。

【第10回】 東武鉄道亀戸線 〜支線、本線、再び支線と変遷した都心の大手私鉄ローカル線〜
 東京23区内にありながら、たった2両の電車が行き交う東武亀戸線。かつては東武鉄道の都心部へ乗り入れるための本線となったものの、浅草を目指す方針に転換されたことにより、再び支線級へと転換されてしまうという二転三転するという歴史をもちます。戦後しばらくは関東東部からの貨物輸送という重大な役割を担い、国鉄線への連絡輸送も行われていました。貨物輸送廃止後は、ますますローカル色が濃くなり利用者も減少していましたが、近年僅かながら増加傾向にあります。とうきょうスカイツリーの開業で注目度の上がる東武線ですが、そんな中をひたすら地域輸送に徹する「都会のローカル線」を訪れてみます。

【第11回】 阪急電鉄今津線 〜南北に分断された、高級住宅街を貫く私鉄路線〜
 鉄路探訪記初の関西私鉄は、阪急電鉄今津線を取り上げます。神戸本線と宝塚本線を結ぶ路線総延長僅か9.3kmの今津線は、かつては宝塚−今津間を通して運転されていましたが、現在は西宮北口駅で分断されてしまいました。しかし、沿線には高級住宅街が広がり、分断されたことで運転本数の増加など利便性の向上もみられます。有川浩氏の小説「阪急電車」の舞台であり、2011年に上映された「阪急電車 片道15分の奇跡」の舞台にもなった今津線。その魅力に迫ってみます。

【第12回】 奈良線 〜新たな進化を遂げつつある二つの古都を結ぶ鉄道〜
 鉄路探訪記の関西遠征取材の第二弾はJR西日本の奈良線を取り上げました。京都と奈良という二つの古都を結ぶ鉄道路線は、京阪神間のそれと同じく長く国鉄と私鉄が並走しています。そして、そのシェアを争うために激しいデッドヒートを繰り広げる京阪神に比べ、奈良線は単線区間が多く電化されたのも1980年代になってからと遅く、どちらかというと都市近郊のローカル線という色合いが強かった印象があります。それも、沿線が徐々にベッドタウン化し人口の増加とともに利用者数も増え、改良工事が続けられ、京都−城陽間の完全複線化が計画されるなど、通勤路線へと変化が始まりました。今回は、そんな複線化前のローカル色を残す奈良線の姿を追ってみます。

【特別編】 青春18きっぷ鈍行旅行記2004・往路編 〜東海道線耐久10時間・普通列車乗り継ぎに挑戦〜
事前に計画はなし、必需品の時刻表すら持たず、まさに「行き当たりばったり」の無謀旅行は、順調な滑り出しで西へと向かう二人の「旅人」。果たして、この先にはどんな「困難」が待ち受けているのだろうか。
この記事は、JRの季節商品、青春18きっぷを利用して2004年に川崎−大阪間を普通列車を使って往復した旅行記を、過去に公開していた記事を加除訂正などを加えて再公開。

【特別編】 青春18きっぷ鈍行旅行記2004・復路編 〜東海道線耐久10時間・普通列車乗り継ぎに挑戦〜
まるで計画など存在せず、行き当たりばったりの往路10時間を無事に、しかもほぼ予定どおりに大阪にたどり着くことができた二人の「旅人」。これに味を占めつつ、しんどくなるとも言われる復路もまた、無計画に行き当たりばったりに行くことに。時刻表を持たなかったことが、ついに裏目に出ることに!
この記事は、JRの季節商品、青春18きっぷを利用して2004年に川崎−大阪間を普通列車を使って往復した旅行記を、過去に公開していた記事を加除訂正などを加えて再公開。
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