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国鉄EF65形直流電気機関車
JNR EF65 Electric Locomotive
▲1965年の1号機製造以来、社会情勢や需要に応じて改良を重ねながら電気機関車としては最多の308両が製造されたEF65。21世紀に入ってもその重要な役割は変わることなく、日本の物流を支え続けている。しかし、後継機が着々と数を増すのに比例して、徐々に姿を消し始めている。(2011年5月3日 田端運転所)
 貨物用新型直流電気機関車は、出力390kWのMT49電動機を採用したED60・ED61形に続き、EH10形と同等の出力をもちなおかつ1両で運転が可能なF級きとしてEF60形を開発・製造、貨物列車運転に使用されていた。
 しかし、1960年代の鉄道貨物輸送量は増加し続け、輸送力増強と速度向上は急務となっていた。そこで、EF60形を基本にこれらの要求に応える性能をもつ直流電気機関車の標準形式として開発されたのがEF65形である。
 基本的な構造はEF60形3次車とほぼ同じとしたため、従来の形式と異なり試作車を製作して試験をするという過程を飛ばし、1号機から量産が開始された。これは、制御器以外はEF60形3次車とほぼ共通設計だったために可能になったことである。
 主制御器は従来は手動進段式抵抗制御であったが、EF65形では自動進段電動カム軸制御式のCS25を採用した。これにより、運転台の主幹制御器は簡素化され、従来は30近くのノッチ刻みを機関士の操作により進段させていたのを、EF65形では15ノッチに減り、操作も自動化された。
 一方、EF60形は歯車非1:4.44と低速寄りに設定されていたが、当時の東海道・山陽本線の貨物列車はコンテナによる輸送体系が確立されつつあり、これを牽引するために重量のある列車を高速に、かつ長距離運転できる性能が求められた。EF60形では牽引力はあるものの、高速に不向きな設計なためEF65形では歯車比を1:3.83とすることで、貨物列車と旅客列車の両方に対応できる性能をもたせることとした。
 直流標準機として成功した形式で、後に高速旅客列車に対応した500番台P形、高速貨物列車に対応した500番台F形、さらには500番台のP形とF形の性能を併せ持つ万能機1000番台(PF形)へと発展。総勢で308両が製造された。
■0番台
 貨物列車牽引用として、1965年から製造されたグループ。重連運転を考慮しないため非貫通前面をもつ箱形車体に、シールドビーム2灯をもち、EF60形4次形の車体デザインを踏襲している。塗装も直流電気機関車としては標準の青15号に前面下部をクリーム色としている。
 135両が製造されたが、一部が寝台特急牽引に充てるために500番台(P形)改造を受けたほかは、貨物列車牽引に活躍した。初期に製造された車両を除いてJRに継承されたが、一度廃車になり清算事業団に移管されたものの、貨物列車の増発に対応するために、数量がJR貨物によって車籍復活を果たした車両もあった。
 後継のEF210形の量産による老朽置換が進み、2011年現在は岡山機関区に数量を残すのみとなった。これら残存の車両はすべて更新改造を受けていて、塗装もJR貨物標準色(3色更新色)や後には2色更新色である。
EF65 2[機] 1965年・吹田第二機関区新製配置 1987年・廃車(沼津機関区)
1989年・清算事業団よりJR貨物に譲渡(車籍復活)、広島機関区配置 1994年・廃車(高崎)
EF65 9[稲] 1965年・吹田第二機関区新製配置 1987年・廃車(岡山機関区)
1989年・清算事業団よりJR貨物に譲渡(車籍復活)、稲沢機関区配置 1994年・廃車(稲沢)

■500番台P形
 高速旅客列車牽引用として、0番台をベースに製造されたグループである。後に0番台からの改造編入したものもある。高速旅客列車用としては、EF60形500番台が既に運用に就いていたが、もともとが貨物用の低速重視の設計であるため、連続した高速運転に難があり故障も続発、代走に一度は運用を退いたEF58形を充てるなどしていた。そこで、より高速性能に優れたEF65形を高速旅客列車の運転に必要な装備を追加した本グループが製造されたのである。
 当時の寝台特急列車の主役であった20系客車に対応した元空気溜管やカニ22電源車のパンタグラフ昇降装置、車掌との連絡電話回線などの装備を追加。そのため、KE59ジャンパ連結器をもっている。
 後に1000番台(PF形)にその座を譲り、高速旅客列車運用から退くと、0番台と同様に貨物列車運転に使用されるようになる。分割民営化により、多くがJR貨物に継承され引き続き貨物列車に使用されたが、2008年に高崎機関区に所属する535号機の運用離脱をもって保留車となった(車籍はそのまま維持)。また、JR東日本に継承された501号機は引き続き臨時運用で使用され、現在でも時折走行する姿を見ることができる。現在、500番台で車籍を維持して現存するのはこの2両のみとなった。
EF65 535[機] 1967年・稲沢第二機関区新製配置(EF65 77) 1968年・P形改造(浜松工)
1987年・JR貨物に継承(高崎) 2008年・運用離脱、保留車
EF65 541[新] 1967年・稲沢第二機関区新製配置(EF65 83) 1968年・P形改造(浜松工)
1987年・JR貨物に継承(新鶴見) 2009年・廃車(高崎)

■500番台F形
 高速貨物列車牽引用として、500番台P形に10000系高速貨車へ対応する装備を追加したグループである。
 東海道・山陽本線の貨物輸送量は増加の一途をたどり、輸送力増強を迫られていた。これに対応するため国鉄は牽引定数1000t、最高速度は100km/hで運転することにしした。専用貨車として10000系貨車を開発・製造がされたが、これに対応できる機関車は開発途上にあった。
 そこで、当時の直流電気機関車で高速性能をもつEF65形に、高速貨物列車を牽引可能な装備を追加して製造した。主な装備として、1000tという重量のある貨物列車を高速運転を可能にするために、機関車重連での運転が前提とし重連総括制御装置が、10000系高速貨車との連結可能とするために、空気管付き密着自動連結器や電磁自動空気ブレーキの指令機能などがある。特に、F形は連結器周りには電気連結器や自動復心装置などもあり、非常に複雑で物々しい印象になった。また、513〜517は高速旅客列車運転用としてのP形の装備も併せ持つ「フルセット」となった。
 投入当初は計画通りに高速貨物列車運転に使用されたが、後継のEF66形が投入されるとこの運用からは退き、一般の貨物列車に使用された。分割民営化によりJR貨物に継承、高崎機関区に集中配置され首都圏の貨物列車に使用されていたが、2008年に最後まで残った515号機が廃車となり区分消滅した。
EF65 518[機] 1966年・稲沢第二機関区新製配置 1987年・JR貨物に継承(高崎)
2000年・廃車(高崎)

■1000番台PF形
 東北・上越線の貨物列車牽引への使用と、残存する旧型電気機関車の置き換えを目的に増備されたグループである。基本的な性能は従来と変わらないが、この間自動進段制御を備えたCS25のトラブルがほぼ解決でき、改良形のCS25Aへと変更になった。また、500番代F形を上越線などの寒冷地で運用した際に浮き彫りになった不具合について、1000番代では当初から寒冷地運用を前提としていたために、これに対応した装備をもたせた。
 500番代までは重連総括制御を考慮していなかったため、前面非貫通の2枚窓となっていたが、1000番代では東北・上越線での重連運用を考慮し、貫通路が設置された。このため、重連での折り返しに際して機関士が一旦降車して反対側運転台へと向かう必要がなくなり、作業環境を改善した。この前面貫通路の設置により、従来はナンバーが中央にあったものを、運転士側に移動し飾り帯が省略となった。
 また、1000番代では500番代のP形とF形の装備を併せ持つ「客貨両用機」として、前述の重連総括制御機能の他に、元空気溜引き通し管や客車との電気回路結線用のジャンパ連結器などを装備している。F形ではいわゆる「方渡り」で方向転換ができなかったのに対し、1000番代では「両渡り」として方向転換が可能になった。
 数次にわけて全部で136両が製造されたため、製造次により細部は変化している。特に大きく分けて、前期に製造されたグループはPS17パンタグラフを装備して登場、尾灯も内ばめ式、切り文字ナンバーなどであったが、後期製造グループはパンタグラフをPS22に変更、ブロック式ナンバー、尾灯も外ばめ式になっている。
EF65 1037[新] 3次車 貨物2色更新色
1970年・宇都宮運転所新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1040[] 4次車 貨物2色更新色
1972年・宇都宮運転所新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1051[] 5次車 貨物2色更新色
1972年・下関運転所新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1064[新] 6次車 国鉄特急色(青ナンバー化)
1977年・新鶴見機関区新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1072[新] 6次車、国鉄特急色、常用促進減圧改造
1977年・新鶴見機関区新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1079[新] 6次車、国鉄特急色、常用促進減圧改造
1977年・新鶴見機関区新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
EF65 1093[新] 7次車、貨物2色更新色
1978年・下関運転所新製配置、1987年・JR西日本に継承(下関) 2000年・廃車(下関車両センター)
2000年・JR貨物へ譲渡 岡山機関区配置
EF65 1095[新] 7次車、貨物3色更新色
1978年・下関運転所新製配置、1987年・JR西日本に継承(下関) 2000年・廃車(下関車両センター)
2000年・JR貨物へ譲渡 岡山機関区配置
EF65 1101[新] 7次車 貨物2色更新色
1978年・東京機関区新製配置 1987年・JR東日本に継承(田端) 2003年・廃車(田端運転所)
2003年・JR貨物へ譲渡 高崎機関区配置
EF65 1115[田] 7次車 国鉄特急色
1978年・東京機関区新製配置 1987年・JR東日本に継承(田端)
EF65 1119[] 8次車・国鉄特急色
1979年・下関運転所新製配置、1987年・JR西日本に継承(下関) 2005年・廃車(下関車両センター)
2005年・JR貨物へ譲渡 新鶴見機関区配置
EF65 1121[新] 8次車・国鉄特急色
1979年・下関運転所新製配置、1987・JR西日本に継承(下関) 2003年・廃車(下関)
2003年・JR貨物に譲渡 岡山機関区配置 2011年・新鶴見機関区配置
EF65 1139[新] 8次車・貨物2色更新色 常用促進減圧改造
1979年・宮原運転所新製配置 1987年・JR貨物に継承(吹田)
2012年・国土交通省令(走行記録装置未装備)による改番(1139→2139)(新鶴見)

■2000番台PF形
2000番台
 2005年4月25日に発生したJR福知山線脱線事故は、死者107名と負傷者562名を出すという、日本の鉄道史上希に見る大事故となり、戦後の鉄道事故としては八高線列車転覆事故、鶴見事故、三河島事故に次いで4番目の被害を出すというものであった。前者3事故やそれまで4番目の被害を出した桜木町事故のいずれも、終戦直後の物資不足といった混乱期や、今日のように保安設備が充分でなかった時代に起きた事故であり、ATS(自動列車停止装置)などの保安設備が整備された時代にあって、この事故が与えた影響は計り知れなかった。
 国土交通省はこの事故を受けて、鉄道に関する技術上の基準を定める省令を改正し、時速100km/h以上で運転する鉄道車両については、原則として走行記録装置を装備しなければならなくなった。このため、旅客会社が保有する1000番台については同装置を装備したため、100km/h以上の運転を可能にしたが、貨物会社が保有する1000番台は同装置が未装備の状態になった。これは、車齢が高く年数両ペースとはいえ、後継機であるEF210形の増備が続けられている現状から、いずれ淘汰の対象になるEF65形1000番台に対して高額な設備投資を伴う同装置の装備を見送ったためである。このことにより、旅客会社と貨物会社で法令上異なる走行性能をもつ車両が同一形式になることで、運用上の混乱を避ける目的から、貨物会社が保有する1000番台については原番号+1000にする改番措置がとられた(機関車の運用は、貨物会社保有機も旅客会社が行っており、同一形式で運転可能速度が異なることは、運用を担当する指令が業務上混乱を招きかねず、これを好まなかったためと思われる)。これにより、新たな区分として2000番台が起こされたのである。
 改番に際して、特に改造などは行われていない。改番前まで使用してきた車両のナンバープレートを交換した程度で、性能なども変更はない。但し、前述の通り運転状況記録装置が未装備のため、時速100km/hまでの列車に限定して運用される(具体的には高速貨物列車BとC、専用貨物列車のみに使用されることになる)。
EF65 2117[新] 7次車・貨物2色更新色 常用促進減圧改造
1978年・新鶴見機関区新製配置 1987年・JR貨物に継承(新鶴見)
2012年・国土交通省令(走行記録装置未装備)による改番(1117→2117)(新鶴見)
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