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国鉄EF66形直流電気機関車
JNR EF66 Electric Locomotive
▲分割民営化直後、東海道本線を東京に向かって「あさかぜ」を牽引するEF66 53。民営化を目前に控えた頃、東京発着九州寝台特急は「ロビーカー」の連結により牽引定数が上がったため、牽引力に余裕があるEF66形がその先頭に立つことになった。本来はこうした旅客列車の牽引を想定して開発されたものではなく、高速貨物列車用に開発された経緯をもつが、こうした姿を見ることをこの頃は誰もが夢見たのかも知れない。(1987年5月頃 大井町)
 1960年代半ばから整備が始められた高速道路網は、日本の物流に大きな変化をもたらした。それまで物流の主役であった鉄道貨物輸送は、当時はヤード継走方式と呼ばれ、一部の物資別輸送を除いて幾つもの操車場を経由し、貨車の解結を繰り返すために、貨物を発送してからの日数がかかる上に、到着も不明確になることなどから、モータリゼーションの波に押され、ドアツードアで小回りのきくトラックにシェアを奪われつつあった。こうした事態に、国鉄もトラック輸送に対抗するべくコンテナによる貨物輸送の開始や、貨物列車の高速化を始めた。特に、東名・名神高速道路に対抗するため、東海道・山陽線系統への10000系高速貨車(ワキ10000形貨車やコキ10000系貨車など)を製作し投入。当時、貨物列車の最高速度75km/hであったのを、一気に100km/hに引き上げる性能をもつものであった。これら高速貨車の製作と平行して、高速貨物列車の牽引性能をもつ電気機関車として開発されたのがEF66形である。1966年に試作機がEF90形として完成し、各種試験を経た後にEF66形として、1968年から量産が開始された。
 本形式は、単機で1000tの貨物列車を、最高速度100km/hで牽引可能な性能をもつことが最大の特徴である。開発当時はこのような性能をもつ機関車はなく、国鉄の直流標準機であったEF65形でも、重連でようやく対応できる性能しかもっていなかった。実際、本形式の開発の遅れから、高速貨物列車の牽引にはEF65形500番台に10000系貨車を牽引する機能を持たせたF形と呼ばれる機関車が、重連で使用されている。EF65形が装備する主電動機が1時間定格出力425kWであるのに対し、EF66形用に開発された主電動機は1時間定格出力650kWの出力をもち、なおかつ歯車比を3.55に設定することにより、EF65形の牽引力をもちながら、EF58形重連と同等の高速性能を持ち合わせることが可能になった。
 また、制御装置にはダイオードやサイリスタなどの新機軸を積極的に採用。台車も枕ばねをダイヤフラム形空気ばね式を採用し、電気機関車としては初めての空気ばね式台車となった。この他、10000系貨車を牽引することを前提としているため、電磁ブレーキ指令装置や連結器周囲にはブレーキ指令を伝えるブレーキ管と元空気溜管を装備し、連結器自体も通常の自動連結器ではなく、密着式自動連結器として、これら空気管が確実に接合されるようにしている。また、車体は従来の電気機関車とは違い、高運転台、非貫通構造で中央部を突出させた独特のデザインとなった。
 製造当初は予定通りに高速貨物列車の牽引に使用されたが、10000系貨車による高速貨物列車の廃止後は、一般の貨物列車牽引にも使用されたが、1985年のダイヤ改正で、東京対九州寝台特急にロビーカー連結による牽引定数の引き上げにより、従来使用されてきたEF65形では牽引力が不足することから、EF66形が寝台特急の牽引機となり、花形の仕業を手に入れている。その後、東京発九州寝台特急の廃止となる2009年まで、寝台特急の先頭に立ち続けた。
 全部で試作機1両、基本番台55両が製造され、全車がJR西日本とJR貨物に継承された。また、民営化後には貨物列車の増発に対応するため、10000系高速貨車牽引用の特殊装備を省略し、各部の設計を見直した100番台が33両製造されている。
EF66 20[吹] 1969年・下関運転所新製配置 1987年・JR貨物に継承(吹田)
2009年・廃車(吹田)
■0番台
 1968年から1974年にかけて、55両が製造された。前述の通り、10000系高速貨車を使用した1000tの重量のある貨物列車を、100km/hで運転可能な性能をもつ機関車として開発・製造された。従来の国鉄電気機関車にはない牽引力と速度子嚢を両立させるために、1時間定格出力650kWの主電動機を搭載し、当時としては最強の出力を誇った。車体形状も国鉄電気機関車としては特異で、前面非貫通・高運転台構造で、その前面は中央部を突出させたデザインとなり、他の機関車とは一線を画すものであった。この他、運転台の計器配置も人間工学に基づいたものとなったほか、主幹制御器も従来のノッチ板刻み式の構造から電車同様の操作性をもつ形状へと変更された。分割民営化により、下関配置車はJR西日本へ、その他はすべてJR貨物に継承されたが、前者は客車列車の全廃による運用の減少により2010年に全廃となった。また、JR貨物に継承された車両も、その牽引力と高速性能を買われて重用されたが、その分消耗も激しく老朽化が進行したため2012年現在では吹田機関区配置の12両まで減少している。

■100番台
 民営化後の1989年からJR貨物が製造した区分。折からの好景気により貨物輸送量が増加し、貨物列車も増発がされたがこれに対応する機関車を必要とした。当時、最新技術を盛り込んだEF200形電気機関車は開発途上であり、種々の課題を解決できていない状況から、高出力で牽引力・速度性能のあるEF66形を増備して対応した。基本番台の最終増備車の性能や構造を踏襲しているが、10000系貨車との連結を考慮しないため、連結器は基本番台の空気管付き密着自動連結器から、通常の自動連結器に変更されている。また、集電装置も製造当初から下枠交差式のPS22形を装備したほか、電機類・補機類に使用される材料を法規制による有害物質を排除したものとした。車体形状も、前面の意匠が変更され、大型2枚窓で上部大きく傾斜した3面構造とし、灯火類も前照灯と尾灯を横に並べて左右中央部に配したものとなった。車体塗色も、車体下部をライトグレーとし上部をブルーの濃淡としたものとなり、運転室出入口扉は直流機を表す「からし色」とした。全部で33両が製造されたが、製造時期により101-108を1次車、109-133を2次車と分類できる。
EF66 102[吹] 1989年・吹田機関区新製配置
形式車番の横[ ]で括られた文字は、撮影当時の所属区所を表しています。
[吹]吹田機関区
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