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国鉄EF81形交直流電気機関車
JNR EF81 Electric Locomotive
▲国鉄の三電源対応交直流電気機関車として開発・製造されたEF81形は、電化区間すべてで運用できる「万能機」として寝台特急から貨物列車まで重用された。日本海縦貫線を皮切りに、山陽本線の関門トンネル、常磐線、、東北本線など活躍の場を広げ、1990年代末まで製造された164両すべてが在籍・使用され続けた。製造開始から既に40年以上が経過し、後継機の増備に伴い徐々に数を減らしているが、2012年現在も多くが現役である。写真は関門トンネルを抜けて門司駅構内へと進入するEF81 405と重連(番号不明)が牽く貨物列車。(1991年 門司駅)
 第二次世界大戦終戦時の国鉄の動力方式は、鉄道開通以来の蒸気機関車によるものが主であり、電化された路線は大都市圏の通勤路線と、主要幹線である東海道本線、例外的に信越本線の横川−軽井沢間や山陽本線の下関−門司間とごく限られていた。しかし、戦後の石炭価格の高騰などによる燃料事情の悪化や、逼迫する輸送量への対応などにより電化を推進していくことになるが、これらは技術的にも既に確立された直流電化であった。しかし、更なる電化の推進をする上で、変電所などの地上設備を多く必要とする直流電化は費用がかかるため、より効率的で費用の少ない交流電化が望まれ、各国でも研究が進められていた。
 こうした中で、1955年に仙山線での交流電化試験を実施。この結果を受けて、北陸本線の田村−敦賀間が交流20,000Vで実用化された。その後、国鉄は1960年代半ばまで地方幹線の電化を交流により推進していくことになるが、商用周波数方式での交流電化であっため、東日本地域では50Hz、西日本地域では60Hzと異なる周波数となってしまった。そのため、国鉄ではそれぞれの電源方式に対応した機関車や電車を用意して対応した。しかし、日本海縦貫線と呼ばれる東海道・湖西・北陸・信越・羽越・奥羽を通しで運転される列車では、国鉄で使用される3種類の電気方式、即ち直流1500V、交流20kV60Hz、交流20kV50Hzのすべての区間を走破することになり、これらすべての電気方式に対応する機関車が必要となってきた。そこで、1968年から三電源方式の電気機関車として開発・製造されたのがEF81形である。
 EF81形が開発された1960年代後半は、既に国鉄の電気機関車は、直流機・交流機ともに標準化がされており、これらの標準技術を用いて設計された。このため、直流機の標準機関車であるEF65形を基本に設計されている。
 車体は国鉄電気機関車の非貫通構造の標準的な形態であるが、交流関係の機器を搭載するために機器室を拡大。EF65形に比べて全長は長くなっている。そのため、明かり採り窓とルーバーも、EF65形では6個であったのに対し、EF81形では7個になっている。この他、屋上は交流高圧回線が設置されているが、交流機関車の特徴でもあった断路器や遮断器などの特別高圧機器は機器室内に収容し、塩害や氷雪から保護する対策を講じている。この他に、ブレーキ関係機器や砂撒き装置などのにはヒーターを設置するなど、運用線区を考慮した耐寒設備を装備している。
 このように、国鉄の電化区間すべてで運転が可能な機関車であり、標準技術を採用して設計された「万能機」として重宝され、本形式は製作総数164両となった。また、1968年の製造開始以来、1979年に一度製造が終了したものの、分割民営化後に貨物列車の増発に対応するために、JR貨物が1989年から製造再開をするという、日本の電気機関車史上稀な「リピートオーダー」もなされた形式である。
■0番台
 1968年から製造された一般仕様の区分。全部で152両が製造された。大きく3つに形態や細部仕様の異なる分類ができる。最初期に製造された1〜38は、車両番号がステンレス切り文字を斜体に直付けしている。バーニア制御器はCS36またはCS36Aを、転換・界磁制御器はCS37またはCS37Aを搭載する。
 39〜136は最も多く製造された形態で、主制御器や単位スイッチなどの機器を改良し、運転台も計器盤や操作機器などを人間工学に基づいた設計に変更された。また、この区分から一人乗務に備えた保安装置を装備、20系客車用のジャンパ連結器を廃止している。また、尾灯は外ばめ式となり、正面の通風孔がなくなりスッキリした外観になっている。バーニア制御器はCS36B・CS36Cを搭載する。
 1979年に製造された137〜152は、制御機器などの変更はないが、前面窓上に庇がもうけされているのが特徴である。また、主電動機をMT52B変更、台車の材質も変更されている。
EF81 58[田] 1972年・酒田機関区新製配置
1987年・JR東日本に継承(長岡運転所) 2011年・廃車(田端)
EF81 87[田] 1973年・田端機関区新製配置
1987年・JR東日本に継承(田端運転所) 2011年・廃車(田端)

■300番台
 関門トンネル用の特殊仕様車として、1973年から1974年に4両が製造された区分。製造当時は、関門トンネルをEF30形電気機関車が使用されていたが、列車増発に対応するためにこれの増備車として製造された。基本的な仕様は同時期に製造された基本番台二次形と変わらないが、関門トンネル内の高湿度でかつ海水が漏水するという環境に対応するために、腐食防止対策として車体をステンレス鋼を使用している。一方、運用区間が下関−門司間という短区間に限定されるため、客車の電気暖房用の電源装置は省略されている。全車が門司機関区に配置、後に一部が内郷機関区に転じて常磐線で使用されたが、分割民営化までにすべて門司機関区に戻っている。また、当初は単機で運用可能な客車列車を中心に使用されたが、EF30形の淘汰に伴い貨物列車牽引に対応するため、重連総括制御装置と関連装備を追加している。

■400番台
 関門トンネルで使用されてきたEF30形が1台車1モーター2軸駆動で、なおかつ運用区間のほとんどが直流区間であり、交流区間での長距離使用を想定しなかったため、交流区間での定格出力が直流区間の4分の1という特殊な仕様であったため、これを置換えるために基本番台を小倉工場で改造して登場した区分。
 関門トンネルの高湿度で海水が常時浸透する環境で使用するため、塩害対策としてパンタグラフには防腐剤が、屋上全面には防錆効果剤が塗布されているが、車体は普通鋼製のままとなった。また、関門トンネルは最大22‰の勾配が存在するため、貨物列車はすべて重連で牽引することになるため、重連総括制御装置を追加されている。全部で14両が改造された。
EF81 406[門] 1975年・酒田機関区新製配置(EF81 132) 1986年・関門トンネル特殊仕様改造(小倉工)門司機関区配置
1987年・JR貨物に継承(門司機関区) 2007年・富山機関区

■450番台
 1991年のダイヤ改正で本州−九州間の貨物列車が増発になり、これに対応するために、関門トンネル用特殊仕様を装備した400番台の増備車として、JR貨物が1991年から1992年に製造された区分。500番台に重連総括制御装置を追加した仕様であるが、機関車の向きが変わっても運用しやすいようにジャンパ栓は左右両方に装備するいわゆる「両渡り」構造としている。また、客車列車の牽引は考慮せず、電気暖房用の装備はもっていない。全部で5両が製造されたが、1991年に製造された2両は、前照灯と尾灯を一体ケースに収めたうえで、前面下部に設置してイメージを変えている。1992年製造の3両は従来機と同一の意匠に戻されている。これは、後述の500番台が当初は6両製造の予定であったが、3両の製造に留まったため、この構体を活用したためとされている。
EF81 451[門] 1991年・門司機関区新製配置

■500番台
 民営化後の日本海縦貫線の輸送力増強に対応するために、JR貨物が1989年に製造した一般仕様機である。全部で3両が製造された。基本的な性能や使用は最終増備車である基本番台(137〜152)に準じているが、貨物列車牽引のみを考慮しているため、従来機に装備されていた20系客車牽引用の装備や、客車の電気暖房用電源装備を省略している。外観も基本番台の最終増備車とほぼ同じであるが、塗装は交直両用機の標準塗装であった赤13号(ローズピンク)から、JR貨物標準塗装(車体下部ライトグレー、車体上部ブルー濃淡の塗り分け)になり交直流機であることを表すため、運転室側扉をローズピンクとした。また、車両番号も従来は飾り帯に挟まれた前面中央につけられたが、飾り帯は省略して前面右側にオフセットし、ステンレス切り文字を直付けしている。
形式車番の横[ ]で括られた文字は、撮影当時の所属区所を表しています。
[門]JR貨物・門司機関区 [田]JR東日本・田端運転所
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