このサイトについて 「筆者」への連絡
国鉄ソ300形貨車
JNR Type "Soi-300 Crane vehicle
▲鉄製橋桁の架設用に製作されたソ300形は、その用途・形状ともに国鉄車両の中でも特殊なものである。クレーン操作用のディーゼル機関の他に、自走用ディーゼル機関を搭載して橋桁を吊り上げた状態でも自走を可能とするため、台車も大物車並の物々しく、車体も強度を保つように設計されている。多くの特殊な事業用車が分割民営化で廃車に追い込まれた中にあって、JR東日本に継承されたことは奇跡に近いだろう。(2011年7月18日 碓氷峠鉄道文化むら)
 この非常に特殊で重量のある貨車を知ったのは、筆者が小学生の頃に図書館から借りてきた「国鉄客車・貨車ガイドブック(誠文堂新光社刊)」にある記述からだった。操重車という、鉄道車両でもかなり特殊な車両の中にあって、ただでさえ出場の機会がない、言い換えれば実車を自らの目で確かめることが滅多にない中でも、一際異彩を放っているように感じたものだ。この、とてつもなく重量があり、なおかつ特殊な外観は印象に残った。
 時は流れて筆者が鉄道員として電気区に勤務していたとき、毎日のように達示(たっし)をチェックする熱心な同期入社の同僚がいた。達示とは、臨時列車の運転や定期列車の運休といった列車運行にかかわる変更や、車両の配置転換、保線や電気工事の実施計画とそれに伴う線路閉鎖情報、はたまた信号保安設備や線路配線の変更情報など、とにかく鉄道の安全運行に関わる情報が、旅客・貨物会社問わずに指令から各現場区所に送達されるものだ。筆者は直接この達示を確認する業務に就いたことはないが、現場作業に出るときに列車見張員の業務に就く機会が多かったので、この達示をチェックした職員から運行情報を得ていたので、安全確保のために非常に重要なものだ。その達示をチェックする同僚から、このとてつもなく特殊な操重車が使用されるという話を聞いたものの、当時の筆者はあまり興味をもつこともなく、「ああ、そうなんだ。あれだろう?銀色したバカ重いクレーン車だろ?」と言った記憶がある。
 いまでこそ、趣味の対象としているものの、趣味と実益を兼ねるとロクなことがないと思っているので、鉄道員の当時は鉄道は「仕事で趣味にしない」と決めていたから、素っ気ない答えになったのだ。いまとなっては、何とも惜しい話なのだが。
 その話を聞いてから1か月後に、通勤で利用していた横須賀線に横浜駅から乗車した際に、今では閉鎖になってしまった人道橋近くの側線に、このソ300形貨車が留置され、出番を待つ姿を目にしたのだ。なるほど、小学生の頃に写真で見ただけだが、やはり重量感のある特殊な車両だ。いったい、何の工事に使われるのかは忘れてしまったが、とにかく1990年代前半までは現役で使われていたことは間違いない。なにより印象に残ったのは、標記に「東京工事事務所・神奈川工事区」とか書かれていたことだと思う。鉄道にはいろいろな現場区所があるのだが、工事区という部署があることはこの時初めて知った。
 現在では廃車になり、その役目を一般の重機に譲って群馬県にある碓氷峠鉄道文化むらに静態保存されている。電気機関車を中心に保存展示しているのだが、この操重車がどのような理由で保存対象になったのかはさっぱり分からない。しかし、産業遺産として遺されるのは嬉しい話だ。とはいえ、自重153tもの巨体をもつこの車両を、いったいどのようにして運び込んだのか、それはそれで違った興味をもつところだ。



 ソ300形貨車は、橋桁架設用操重車として製造された。主に鉄桁の新設・架け替え用として設計され、ブームは車端から12.5mまで伸ばすことができ、ブームを伸展した状態で35tの橋桁を吊り下げる能力を持つ。また、吊り下げた状態で左右に4mの旋回が可能で、そのために非常に強度をもたせた構造となった。クレーン操作用の操縦室を車体フレームに設置し、動力源として50PSのディーゼル機関を装備している。これとは別に自走用の250PSディーゼル機関を床下に設置し、最高25km/hでの移動も可能であるほか、橋桁を吊り下げた状態のままの20km/hの速度で自走もできる。車体重量は153.5tと貨車としてはかなりの自重があるが、牽引による回送時には75km/hで走行できるようになっている。
 全部で2両(ソ300,ソ301)が製造され、1987年の分割民営化によってJR東日本に継承されたが、老朽化と後継となる保線機械の開発により、2000年に全車が廃車となり形式消滅した。前述の通り、ソ300が群馬県の碓氷峠鉄道文化むらに静態保存されているほか、ソ301は大宮総合車両センターに留置されている。
▲ソ300形のクレーン部。ブームには「JR東日本 東京工事事務所 神奈川工事区」の標記がある。工事事務所は大規模工事の設計・施工をする部署で、その下部組織として横浜を拠点とした神奈川工事区が管理していた。車両そのものは田町電車区常備であった。(2011年7月18日 碓氷峠鉄道文化むら)
広告
P R
(C)2004-2014 Norichika Watanabe Allright Reserved.