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東京急行電鉄7700系電車
Tokyu Corporation Serease 7700 Electric Car
▲日本初のオールステンレス車7000系の電装系を中心に近代化した7700系電車。車体や構体などは「浸水などによる腐食に強い」というステンレス鋼の特徴を実証し、オリジナルのものがほぼそのまま流用されている。そのため、製造から既に40年以上使用され続けている車両もある。(2005年5月3日 鵜木−下丸子)
 日本初のオールステンレス車である東急7000系電車(初代)は、1962年の製造開始から順次増備され、開発の目的である東横線と営団地下鉄(現東京メトロ)日比谷線への直通運転をはじめ、渋谷−桜木町間の急行、各停に使用されるなど、東横線の主力として活躍した。しかし、沿線の開発が進むにつれて利用客は増加の一途を辿り、18m級の中型車体をもつ7000系電車では対応に限界があった。そこで、20m級大型車体をもつ8000系電車にその座を譲り、7000系電車は日比谷線直通運用を除いて、東急電鉄では支線級となる大井町線へ転用されたが、こちらも8000系の投入により活躍の場を目蒲・池上線へと移し、残存する吊り掛け駆動・鋼製車の3000系(初代)電車を置き換えることとなった。
 しかし、目蒲・池上線では18m級中型車3両編成で運転されていたが、7000系電車は日比谷線相互乗り入れ協定に基づいて設計され、2両1ユニットの全電動車編成を組んでいたために、付随車が存在せず奇数両数での編成組成ができなかった。そこで、製造より25年以上が経過し電装品や走行装置が老朽化していたことや、冷房装置の設置をすることにより乗客サービスの向上を図るため、7000系の車体を活用して電装品などを総て交換する改造によって登場したのが7700系電車である。
 7000系電車は車体や台枠がすべてステンレス鋼でできていたため、経年による腐食はほとんどなく、強度も保たれていたことで、電装品と走行装置のみの交換による改造が可能になったといえる。実際、車体そのものは7000系時代とほとんど差異がなく、冷房装置の搭載により屋上機器が変化した程度で、車体そのものは既に40年以上使用されている。
 制御装置は従来の抵抗制御から、GTOサイリスタ素子を使用したVVVFインバーター制御装置となり、主電動機も出力170kWの三相交流かご誘導電動機に交換された。このため、従来は全電動車で組成されていたのが、MT比が1:1で組成可能になった。また、台車についても老朽化が進んでいたことや、冷房装置を搭載する関係から、一自由度系台車であるTS-701形(パイオニアIII形)から、8000系に使用されている台車と同系列のTS-815形(付随台車)とTS-832形(動力台車)に換装された。この台車は改造当時に新製車両のほとんどが装備はじめていたボルスタレス台車ではなく、従来からのボルスタ付となった。これは、車体と台枠の状態が非常によく、台枠に手を加える必要性がないことから台枠の構造に合わせて台車を設定したことによる。
 運転台についても、東急電鉄では既に標準となったワンハドルマスコン式に変更され、コンソールなども新しいものへと交換された。この際に、運転台の高さが従来よりも高い位置となり、運転士の前面展望も改善されている。
 1987年から改造が始められ、大井町線で約1年間、6両編成を組んで暫定的に使用が始められた。1989年に目蒲線の4両編成対応工事の完了により、目蒲線で4両編成(Tc+M+T+Mc)を組成して使用が始められた。その後、池上線では3両編成(Tc+M+Mc)を組成して運用を開始している。2000年に東横線の複々線化工事の完了により目蒲線の東西分断に伴って、4両編成はすべて3両編成に組み直され、編成から抜かれた付随車サハ7950形はこの時点で全車廃車となった。また、1994年から目蒲・池上線ではワンマン運転が開始されることに伴い、これへの対応機器を増設している。
 2002年に十和田観光電鉄に譲渡された9両を除いて、全車が雪が谷検車区に所属し、多摩川線と池上線で使用されているが、後継となる7000系電車(二代)の増備により、1000系電車や7600系電車とともに順次置換られることになる。
■デハ7700形制御電動車
  7700系の制御電動車(Mc)で、全編成蒲田方の先頭車として連結されている。
■デハ7800形電動車
 7700系の中間電動車(M)で、デハ7700形から運転台を除いた構造である。
■クハ7900形制御車
 7700系の制御車(Tc)で、全編成の多摩川、五反田方の先頭車として連結されている。
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