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相模鉄道6000系電車
Sagami Railway Serease 6000 Electric Car
▲帷子川沿いに走るカーブを通過する6000系電車。前面デザインはオーソドックスでおとなしいもので、とりたてて特徴があるというほどでもない。唯一、前照灯が白熱灯からシールドビーム灯に交換された痕跡がある程度だが、2両目の屋上にはPS13形パンタグラフが載るなど、地味ながら個性をもっていた。しかし、車両の大型化による利用客の増加に対応するという果たした役割は大きい。(1991年8月頃 上星川駅)
 筆者が思い出に残る車両は?と聞かれたら、いくつかあげる中にこの相鉄6000系をあげるだろう。なにしろ、関東にある私鉄の電車にあって、この6000系はそれまで見慣れた通勤形電車としては特異な外観をしていたからだ。
 初めてこの6000系に乗ったのは高校2年の夏。どの列車に乗っても冷房が効いていて快適そのもの。通学に使っていた東横線ですら、冷房化率は90%強といった具合だったから、相鉄の方が一歩先を行っていたわけだ。だが、この6000系の構造は古いものを踏襲していたような気がする。
 乗務員室の直後には、20m級の通勤形電車ならば立席スペースが常識なのだが、この6000系には2人掛けの座席があった。しかも、両開き4ドアは他の通勤形電車を同じであるが、中間車の窓割りも横浜方と海老名方で違っていたし、車内も座席端部にはパイプを折り曲げた肘掛けだけで、立席者の握り棒など皆無というものだった。
 そして、何より制動音もまた独特で、日立式電磁直通ブレーキと呼ばれる方式で、ブレーキがかかるたびに出るエアーの漏れる音といえば、それまで溜め込んでいた空気を一度に吐き出さず、どこか一呼吸置いてから吐き出していたような感じがした。さらに驚くべきは、平成の世になってなおPS13形のパンタグラフを載せていたことだった。PS13形といえば、旧型国電で多用されたもので、その源流は戦時設計の簡素な構造。それは、この時期に使われていたのは驚くほかなかった。
 夜に乗車することが多かったせいか、乗客の少ないがらがらの車内で、どことなく昔の電車に揺られている雰囲気を感じたのは筆者だけだったかも知れないが、それがまた、昭和時代の車両という感じがしてよかった。
 1957年から相模鉄道が製造した20m級の通勤形電車である。製造は日立製作所。両開き4ドアはという通勤形電車としての形態を持つが、中間車の両端が非対称という独特の形状は珍しい設計である。後に登場する後期増備車である新6000系では、通常の形態になっている。
 制御装置は直列並列併用の抵抗制御で弱め界磁を使用し、主電動機は110wを搭載、いずれも日立製作所製である。動力伝達方式は、相鉄が伝統的に採用している直角カルダン方式で、走行音が独特なことで知られていた。また、台車も日立製作所製のKH台車を履いていたが、製造時期によって変化していくが、動力伝達機構の関係からブレーキ装置を台車内側に設置できず、初期のKH34を除いてディスクブレーキを台車外側に設置した。このいずれもが、「相鉄スタイル」として9000系まで継承されている、いわば同社のエポックメーカー的存在であった。
 旧6000系とも分類される本系列は、1M方式が採用され、編成組成の自由度も高かった。その後更新工事の施工に際して、前面の前照灯を白熱灯一灯からシールドビーム灯2灯に変え、冷房装置の搭載、運転台助士席側窓と車体側面に列車種別表示器を追設している。
 その後も相鉄の主力として走り続けたが、1992年から製造された8000系の投入により順次廃車が始まり、1997年までに120両全車が廃車となった。なお、トップナンバーの6001とアルミ車体試作車の6021が、現在も同社かしわ台車両センターで静態保存されている。
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