このサイトについて 「筆者」への連絡
取材日:2011年9月24日
掲載日:2011年10月1日
▲荘厳な造りの高尾駅北口の駅舎。もともとは大正天皇の大葬列車運転に際して、新宿御苑に建てられたものを移築してきた。高尾駅は多摩陵墓地の最寄りでもあるため、ここに移築されてきたのだろう。高尾山にある明王院の参道口であることとも相まって、高尾駅の顔としてマッチしている。駅前にはナップザックを背負ったハイカーの姿が多く見られた。
 つい先日、離婚した元妻が最後に筆者にくれたプレゼントである「珍駅巡礼 日本全国の「ヘンな駅」をゆく!!」(イカロス出版刊)を見ていたら、意外にも近場にその「ヘンな駅」があるというから出かけてみたくなった。しかし、その駅が何故「ヘンな駅」なのかが解らなかったからである。
 中央本線の高尾駅は、その名の通り首都圏の手近にハイキングもできる高尾山の入口にあたる駅だ。もちろんそれだけではなく、現在では東京近郊区間が山梨県の大月駅まで拡大されたが、それまではこの高尾駅が東京近郊区間の最西端であった。そして、東京駅から走ってくる中央快速線の終着(現在は大月まで行く列車もあり、正確な意味では「終着」ではなくなった)であり、中央本線の山梨・長野方面へ向かう列車の接続駅でもある。筆者が訪れた時も、ちょうどパステルカラーの所謂「新信州色」塗装の甲府行の115系6連(長野総合車両センター所属)が発車を待っていた。
 筆者が乗ってきた快速電車は高尾駅の4番線に停車した。もちろん、この時は取り立てて何の違和感も感じず、ここで折り返していくのだから4番線は副本線なのだろうと思った。そして、甲府方面に行く列車は2番線と3番線から発車しているから、こちらが本線と思っていた。ところが、実際はそうではない。
 取材中、甲府方面に向かう「山電」と呼ばれる普通列車は3番線から発車するのもあれば、2番線から発車するのもあった。通常、本線を使った折り返し運転というのは、起点あるいは終点となる駅以外にあまり例がなく、運転頻度の高い路線であれば、側線を使って折り返す。ところが、2番線は上り本線であり、ここに列車を一定時間停車させて折り返すのだから、いかに中央本線がこの高尾駅を境に運転頻度に差が出ているかがよくわかる。ところで、ここで一つ疑問が出てきた。下り本線はどこなのだろうか。普通に考えれば3番線がそれにあたるのだが、そうなると快速が3番線を使って折り返すのは少々おかしい。調べてみると、下り本線はなんと4番線の外側にある線路で、2003年に4番線から変更したとのことだった。
▲ホームに降り立つとさっそく「天狗様」お出迎え。天狗は高尾山にとって大切な存在であり、高尾駅のホームから東京に向いて睨みをきかせ、安全運行を見守っている。
 高尾駅のホームに降り立つと、さっそく迎えてくれるのは大きな天狗の石像だ。3・4番線ホームに、東京方面を向いている天狗の石像は、高尾山の天狗にちなんでのこと。高尾山は行楽地であると同時に、真言宗の名刹・薬王院という寺があり、高尾山は薬王院の寺域でもあるのだ。そしてこの薬王院は、川崎市にある平間地(川崎大師)と千葉県にある成田山新勝寺と並んで、関東三大本山であり参拝客も多く訪れる。この天狗こそ、薬王院に祀られている天狗からきたものである。
 ホームから改札へ向かうには、一度跨線橋に昇らなければならない。ところがこの跨線橋、建築が古いようで階段は仕方がないにしても通路が狭い。高尾駅の改札は、JRと京王が共用しているのでここを通る利用者は多いはずで、しかも東京からの快速が到着すると、瞬く間に人で溢れかえってしまう。
 この跨線橋を建設した年代は確かめることはできなかったが、支柱や梁、トラス状に組まれた補強の材料には古レールが使用されているところから、国鉄時代に造られたのは間違いないようだ。先日訪れた小田急の向ヶ丘遊園駅も同じように古レールを活用した跨線橋があったが、ここでもまた同じものに巡り会えるとは思わなかった。とはいえ、やはり国鉄と私鉄の違いなのか、組み方には若干の違いはあった。しかし、JR東日本にしては珍しく、改築する気配も感じられない。
 古レールといえば、1・2番線のホームの上屋も古レールを支柱に活用したものだった。2本のレールを底面で組み合わせ、「Y」字形に折り曲げた支柱は柔らかみを感じさせる。しかし、このレールを「折り曲げる」とはいったいどんな技術なのだろうか。当たり前の話だが、レールはそう簡単に曲がったり折れたりするわけではない。もしも、そんな柔い物がレールに使われようものなら、年がら年中脱線事故が起きている。
 思い返すと、筆者がまだ鉄道員だった頃、分岐器全交換の作業に立ち会ったことがあった。分岐器、つまりポイントのことなのだが、当然曲線のレールが必要になってくる。ところが、新品のレールはどれもが直線のものばかり。この堅くて重く、頑丈なレールをどうやって曲げていくのだろうかと見ていると、なんとこれが「手作業」なのだ。数人の力のある作業員がバールなどの工具を使い、息を合わせて曲げたい方向へと力を加える。そして、時折ベテランの作業主任の先輩が、レールの曲がり具合をチェックする。これを何度か繰り返していくうちに曲線レールができたのだ。そうすると、この「Y」字形に曲げられたレールも同じように手作業で造られたのかもしれない。先人たちの知恵と粘り強さには、本当に頭が下がる。
▲高尾駅1・2番線ホーム。古レールを活用した上屋は健在。支柱を「Y字」形に折り曲げたし中が連続する様は美しさがある。このホームはもともと客車列車対応の低いものだったが、現在は電車対応のために嵩上げされている。そのことを物語るように、通常の上屋より低くなっている。電車の車高と、自動販売機や時刻表の高さをみるとそのことがよくわかる。
 このホームを歩いていて、もう一つ気が付いたことがあった。それは、妙に圧迫感を感じたことである。その原因は、やはり上屋だった。この上屋は、高さが他のホームの上屋に比べて低いのだ。いや、低くなってしまったのだ。というのも、もともと中央本線の高尾以西に向かう列車は客車列車が主体だったため、ホームの高さも客車列車に対応した低めのものだった。ところが、電車が主体になり、やがて電車だけになるとホームは嵩上げされた。その名残が、このホームの甲府方にあるのだが、どうやら上屋の高さもまた昔の名残なのだろう。
 一通り構内を観察し終えると、いよいよ北口の改札へと向かった。改札は今では当たり前の自動改札になっていて、ICカードを改札機に読み取らせて通り抜けると、眼前に赤い大きな天狗が睨みを効かせていた。さすがにこの天狗は、ホームにあった石造りの天狗とは違って、薄暗い駅舎の壁面の高いところから見下ろしているせいか、何ともいえぬ迫力がある。天狗の両脇には「道中安全」と「高尾」の札が掛かっているが、このような迫力ある天狗に道中安全を祈願してもらえるとなれば心強い。
 駅前には数件の土産物店らしき店舗が駅舎に並ぶように建っていて、向かいにも数軒の店舗がある。駅の正面から真っ直ぐに進む道路は短く、先には交差点の信号機が見えた。この信号機で交差する道路が甲州街道、すなわち国道20号線で、高尾駅は国道からほんのすぐの場所に在ることがわかる。
 駅舎をふり返ってみると、とにかく立派な造りの建物だ。寺社風の木造の駅舎で、1927年に完成した二代目の駅舎らしい。設計したのが、あの大社線大社駅を設計した人と同じ人だというから、この寺社風のデザインも納得できる。しかし、この駅舎は最初から高尾駅のために造られたのではないようで、大正天皇が崩御した際に、新宿御苑に建設された仮駅舎を移築したものだそうだ。ところで新宿御苑は中央本線から離れた場所にあり、当然鉄道は敷かれていないのだが、大正天皇の大葬列車を運転するためにわざわざ敷設したのだろうか。とにかく、戦前の日本においては天皇は絶対だったことを考えると、頷けなくもない。そして、この駅舎が高尾駅に移築されたのも、その大正天皇が眠る武蔵陵墓地があるから納得のできる話である。
 ところで冒頭に「ヘンな駅」のことを紹介したが、この本には「ヘンな駅」どころか「名駅舎」として紹介されている。この駅が「ヘンな駅」だとしたら罰当たりな話だろう。とにかく、立派で威厳のある駅舎だ。その駅舎に掲げられた「高尾駅」の看板もまた木彫りの立派なもので、JRと京王が共用しているがどちらの会社名もマークも入れていない。この駅舎も、つい最近改修されたようで、先ほど紹介した並びにある店舗もその時にできたようだ。
▲(左)改札を出るとここでも「天狗様」がお出迎えをしてくれる。駅としても、この天狗を大切にしているようだ。この睨みで道中安全を祈願して貰えば心強い。 (右)駅前のようす。近くには山が迫っていいて、およそここが東京都内であることを感じさせない。駅に連なった商店は最近の改良工事でできたもの。
 町は中央本線で南北が分断状態にあり、自由通路もないので今回は南口を訪れることはしなかった。しかし、この立派で由緒ある駅舎を撤去して、南北を結ぶ自由通路を設置し、JRの橋上駅舎を設置しようという計画がある。確かに、鉄道が町を分断して、自由通路がなく駅の反対側に出るためには遠回りをするか、入場券を購入して駅の構内を抜けるかということになれば不便であり、そうしたくなるのも理解できなくはない。筆者自身、かつて品川に住んでいたときに、品川駅という広大な駅に阻まれ、駅の反対側に行くには構内を通り抜けなければならなかったからだ。
 しかし、他の方法がないものかと考えさせられる。この駅舎を撤去するという方法はあまりにも安易であるような気がするし、古いものは撤去、新しいものに取り替えるというやり方は、これまでも繰り返されては後で悔やんでいる例はいくらでもある。古くてもこの駅舎には歴史があると筆者は思う。高尾山の入口として、その威厳のある駅舎をいつまでも在り続けてほしいと願うし、叶うことならいつの日か、今は会うことのできなくなった愛娘を連れてこの駅に降り立ち、高尾山にハイキングに行く道で、この駅舎と、筆者が子どもの頃に聞かされた天狗の話をしてやりたいと思う。
▲勾配の厳しい高尾以西に向かうべく、発車までの一時を待つ長野総合車両センター所属の115系電車。出発信号機の先はきついカーブ、、そして山に囲まれて影になっていることが、この先の道中の険しさを予感させる。日がつまったために、西に傾き始めた日の光はかすかに赤みを帯び始めた。もうしばらくすると、木々の緑も赤や朱に染まる季節がやってくる。
駅概要
駅名 高尾(たかお)駅
所在地 東京都八王子市高尾町
所属事業者 東日本旅客鉄道
所属路線 中央本線
キロ程 東京起点 58.1km
駅構造 地上駅
ホーム構造 2面4線(島式2面)、ほか通過本線1、留置線群
駅種別 旅客駅
開業 1901年8月(旧名称・浅川駅 1961年改称)
広告
P R
(C)2004-2014 Norichika Watanabe Allright Reserved.